名称 | 黒巌山 遍照院 大日寺 |
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御本尊 | 大日如来 |
本尊真言 | おんあびらうんけん ばざらだどばん |
御詠歌 | ながむれば月白妙の夜半なれや ただ黒谷にすみぞめの袖 |
所在地 | 徳島県板野郡板野町黒谷5 [Mapion|googlemap] |
【略縁起】
寺伝によれば、弘仁6年(815)弘法大師が当地に留まって修行している時に大日如来を感得した。そこで一刀三礼してその姿を刻み、一寺を建立して本尊としたのが始まりとされる。徳島藩主・蜂須賀家が大日如来を守り本尊としていたことから手厚い保護を受けた。
大日寺の納経(御朱印)
(1)平成元年に拝受した納経。文字は筆書きではなく版木押し(判)で大日如来の種字「バン」と「本尊大日如来」。山号は「黒岩山」になっている。中央の宝印は「五大(地・水・火・風・空)」を表す五つの梵字「ア・バ・ラ・カ・キャ」、右上の朱印は「四国第四番」、左下は「黒巌遍照」。
(2)平成18年に拝受した納経。版木押し(判)ではなく筆書きで、大日如来の種字「バン」に「大日如来」。朱印は平成元年のものと同じ。
江戸時代の納経
(1)天保11年(1840)の納経。文字部分は版木押しで「奉納大乗妙典」「本尊大日如来」「阿州黒巌山」「大日寺」。中央に宝印はなく、右上に「四国第四番」、左下に「黒巌山」の朱印。
(2)天保12年(1841)の納経。揮毫は「奉納」「本尊大日如来」「黒岩山」「大日寺」。朱印は天保11年のものと同じ。
明治時代の納経
(1)明治38年(1905)の納経。文字部分は版木押し。中央に宝印はなく、右上に「四国第四番」、左下に現在のものとほぼ同じ「黒巌遍照」の朱印。
大日寺について
山号 | 黒巌山(こくがんざん) |
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寺号 | 大日寺(だいにちじ) |
院号 | 遍照院(へんじょういん) |
御本尊 | 大日如来 |
所在地 | 徳島県板野郡板野町黒谷字居内5番地 |
創建年代 | 弘仁6年(815) |
開山 | 弘法大師 |
宗派等 | 東寺真言宗 |
覚え書き
元禄2年(1689)に著された寂本の『四国遍礼霊場記』では「黒岩山 遍照院 黒谷寺」。
印象的な朱塗りの鐘楼門(1階部分が角柱、2階部分が丸柱になっているとのこと)をくぐると、正面に本堂、右手に大師堂がある。参道から境内も手入れが行き届き、気持ちのよい境内。
弘仁6年(815)弘法大師がこの地で修行中に大日如来を感得され、自らその姿を刻み、本尊として祀ったのが大日寺の開創だと伝えられる。1尺8寸というその尊像は秘仏で、見ることはできない。
江戸時代、領主である蜂須賀家の守り本尊が大日如来であったことから手厚い保護を受け、特に特に5代藩主・蜂須賀綱矩は特に当寺に深く帰依したという。現在の堂宇は蜂須賀家によって元禄年間に大修理されたものである。
昭和末頃から平成の半ばにかけて、四国八十八ヶ所で唯一版木押し(判)の納経を復活していたが、近年は墨書きに戻っている。お話を伺ったところ、筆で書いて欲しいという声が多かったので筆書きに戻したが、そうすると判がよかったという要望が寄せられるようになったとのこと。難しいものである。