村山神社

村山神社

村山神社は、旧宇摩郡(現・四国中央市)で唯一の式内社で、仁寿3年(852)には名神祭に預かるなど古くから朝廷の崇敬が篤かった。創建年代は不詳だが、斉明天皇の行宮の跡とも伝えられる。一郡の鎮守として国守・河野氏から尊崇され、江戸時代には西条藩主松平氏の祈願所とされた。

正式名称 村山神社〔むらやまじんじゃ〕
御祭神 天照皇大神 〈配祀〉斉明天皇 天智天皇
社格等 式内社(名神大) 旧県社 
鎮座地 愛媛県四国中央市土居町津根1865 [Mapion|googlemap]
最寄り駅 赤星(JR予讃線)
バス停:赤星駅前
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御朱印

  • 村山神社の御朱印

    (1)

(1)平成19年拝受の御朱印。朱印は「神社御璽」。

御由緒

御祭神

■主祭神…天照皇大神

■配祀…斉明天皇・天智天皇・天児屋根命

天照皇大神の御鎮座の年代は不詳だが、斉明天皇が当地に滞在された時に祀られたという説もある。斉明天皇と天智天皇の奉斎は、社伝によれば白鳳3年(674)9月のこととされる。天児屋根命の御鎮座の年代も不詳だが、当地に土着した村山連・中臣連が氏神として自分たちの祖神を祀ったのであろうという。

『特選神名牒』は、御神体は三座で、中央は女体のようであるという社司の言葉を載せる。また、70余体の随身像があり、斉明天皇近侍の生像と伝えられている。

なお、江戸時代には、大山積命あるいは大己貴命、武国凝別命などとする説もあったようである。

御由緒

創建年代は不詳。応神天皇の御代、当地に栄えた秦氏によって崇敬されたという。村山神社が鎮座する津根の地は、和銅2年(709)の「河内国古市郡西林寺事」に「伊予国宇麻郡常里」と記される古い土地である。

日本書紀によれば、斉明天皇7年(661)1月6日、天皇は百済救援のために西へ向かい、同14日、伊予の熟田津に到着した。そして3月25日、娜の大津の磐瀬の行宮に行幸し、地名を長津と改めた後、朝倉宮に遷り、7月24日崩御された。

一般的に娜大津については博多湾とされるが、当社では「御船還至于娜大津(御船、還りて娜大津に至る…東に向かったということ)」とあることから、当社の境内が娜大津の磐瀬の行宮の跡だとする。『釈日本紀』が「于娜は伊予国宇麻郡なり。長津宮は伊予国なり」としていることが根拠となっているようである。

斉明天皇の行幸は、孝明天皇の御代に砂金採取のために当地へ派遣された阿部小殿小鎌を訪ねるためであったという。小鎌は常の里の豪族・秦首の娘を娶って土着し、村山神社を崇敬した。

朝廷の崇敬篤く、仁寿3年(853)名神に預かり、貞観9年(867)には神階正五位下、貞観12年(870)には正五位上を賜る。延喜の制では名神大社に列した。白河天皇の御代の承暦4年(1100)6月、御卜に村山神の祟りとあるにより、社司に中祓を科さしめしたことが『朝野群載』に見える。

さらに文徳・清和・醍醐・朱雀・崇徳・高倉・安徳・土御門・後円融の各天皇が勅願所とし、国守・河野氏も深く崇敬したと伝えられる。

かつての境内は八町(約872m)四方あり、一の鳥居は東へ約二里離れた中之庄村(現・四国中央市中之庄町)にあったと伝えられる(『西条誌』)。また、伊勢神宮と並んで下参宮と称し、東国33ヶ国の人々は上参宮である伊勢神宮に参詣し、西国33ヶ国の人々は下参宮である村山神社に参詣することにより、伊勢参宮に代えたという。

しかし天正の兵火により、社殿・社記・神位記等ことごとく焼失し、焼け跡は田畑として開墾されたため、広大であった境内も現在の広さになってしまった。その後、西条藩主・松平頼純によって伊曽乃神社などとともに西条藩祈願六社の一とされ、社領2石を寄進された。

御宝塚

社殿前に宝塚と呼ばれる小高い塚がある。斉明天皇が祭祀を執り行って神器を埋めた跡とも、高貴の方の御陵とも伝えられている。

一柳氏が領主であった頃にこの塚を掘ったが、怪異があったので中止したと伝えられる。この時掘り出された品の図が『西條誌』にあり、その内容から平安末~鎌倉時代の経塚であろうというが、重複して古墳があった可能性もあるという。

境内社

社殿の周囲に幾つかの境内社がある。いただいた御由緒書には、出雲社(大国主命)、合祀社(大山積神)、天満宮(菅原道真)、八坂社(須佐之男命)、愛宕社(火産巣日神)、諏訪社(建御名方大神)、水神社(水波之売神)、慰霊社(西南の役以後大東亜戦争までの郷土出身の英霊)の名が挙げられている。

写真帖

  • 鳥居

    鳥居

  • 注連柱と神門

    注連柱と神門

  • 狛犬

    狛犬

  • 手水舎

    手水舎

  • 御宝塚

    御宝塚

  • 境内社

    境内社

  • 境内社

    境内社

  • 境内社

    境内社

  • 拝殿

    拝殿

  • 本殿

    本殿

メモ

JR赤星駅から徒歩約10分、国道11号線と旧讃岐街道の中間に鎮座する。境内には、社殿、御宝塚、神門、木製の鳥居が東向きに一直線で並ぶが、鳥居の先で急に参道が直角に曲がり、南の旧讃岐街道へと続く。少々不自然な感じがするのだが、かつての参道は東の方2里のところにあったという一の鳥居まで参道が続いていたのだろうか。因みに、直角に曲がるところのすぐ東に国道と旧街道を結ぶ道があるのだが、そこから境内に入ることはできない。

御朱印は初めての参拝時、宮司さんのお宅でいただいた。

村山神社の概要

名称 村山神社
旧称 村山大明神 長津宮 椿の森 伊和世の宮
御祭神 天照皇大神〔あまてらすおおみかみ〕
〈相殿〉
斉明天皇〔さいめいてんのう〕(天豊財重日足姫命)
天智天皇〔てんじてんのう〕(天命開別命)
天児屋根命〔あめのこやねのみこと〕
鎮座地 愛媛県四国中央市土居町津根1865番地
創建年代 不詳
社格等 式内社 旧県社
延喜式 伊豫國宇摩郡 村山神社 名神大
例祭 10月13日~15日
神事・行事 1月1日/歳旦祭
4月7日/祈年祭
7月2日/夏季大祭(夏越祭・茅の輪神事)
11月23日/新嘗祭
※『平成「祭」データ』による

交通アクセス

□JR予讃線「赤星駅」より徒歩約10分
□JR予讃線「伊予三島駅」よりバス
■せとうちバス住友病院前行き「赤星駅前」下車、徒歩約5分
□JR予讃線「新居浜駅」よりバス
■せとうちバス川之江営業所行き「赤星駅前」下車、徒歩約5分


※掲載の情報は最新のものとは限りません。ご自身で確認をお願いします。

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