花畑大鷲神社 | 東京都足立区

花畑大鷲神社

花畑大鷲神社は花又村の鎮守で、酉の市発祥の社として名高い。創建年代は不詳だが、夷賊に苦しめられていた人々が日本武尊の東国平定に感謝し、尊の本陣が置かれていた花又の地に奉斎したことに始まるという。

正式名称 大鷲神社〔おおとりじんじゃ〕
通称 花畑大鷲神社 花又大鷲神社
御祭神 日本武尊
社格等 旧村社
鎮座地 東京都足立区花畑7-15-1 [Mapion|googlemap]
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目次

御朱印

花畑大鷲神社の御朱印
(1)
花畑大鷲神社の御朱印
(2)
花畑大鷲神社の御朱印
(3)
花畑大鷲神社の御朱印
(4)

(1)平成19年、二の酉で拝受した御朱印。中央の朱印は「大鷲神社」、左下の印は「宮司之印」。

(2)平成28年、二の酉で拝受した御朱印。朱印は(1)と同じ。

(3)平成29年正月に拝受した御朱印。朱印は(1)と同じ。

(4)令和7年、二の酉で拝受した御朱印、書き置き。朱印は(1)と同じ。左上に「かっこめ(熊手)」のスタンプ。

花畑大鷲神社について

拝殿の扁額

御祭神

■日本武尊

第12代景行天皇の皇子。東征の伝承から関東には尊を御祭神とする神社が多い。伊勢の能褒野で亡くなった後、白鳥に姿を変えて大和・河内に飛来し、天に昇ったとされる。和泉国一宮・大鳥神社の御祭神である。

御由緒

鷲大明神社
『江戸名所図会』鷲大明神社(国会図書館デジタルコレクション)

花畑大鷲神社(花又大鷲神社)は、花又村の鎮守。江戸の酉の市発祥の社として知られる。

元は鷲大明神と称し、本地仏は鷲に乗った釈迦如来像であった。『新編武蔵風土記稿』が引用する当社の縁起によれば、新羅三郎義光(源頼義の三男・源義光)が崇敬した霊像という。現在は旧別当の鷲王山正覚院(花畑3、真言宗豊山派)に祀られている。

創建年代は不詳で、日本武尊の東国平定によって、夷賊の苦しみから解放された人々が、報恩感謝のため、尊の本陣の置かれていた花又の地に祀ったと伝えられる。

後三年の役のとき、兄・八幡太郎義家の援軍として奥州に向かった新羅三郎義光が当地で戦勝を祈願したところ、鷲が上空を旋回し、奇瑞があった。そこで奥州から凱旋した際、奉賽として兜を寄進したという。

因みに、現在の本殿は安政元年(1845)から明治8年(1875)にかけて建造されたもので、義光の後裔である久保田(秋田)藩主・佐竹氏の寄進によるものである。佐竹氏と大鷲神社の関係は深く、神紋も佐竹氏の家紋と同じ「五本骨扇に月丸」である。

明治になって鷲神社と改称し、さらに昭和43年(1968)大鷲神社と改めた。

酉の市

酉の市は応永年間(1394~1428)に始まったと伝えられる。日本武尊の命日と伝えられる11月酉の日に祭が行われ、門前市が開かれて「とのまち」「とりのまち」と呼ばれるようになったという。当初は農耕具や農産品が売られていたが、「福をかき集める、かき込む」ということから熊手が、「頭になる」ということから八つ頭の芋が縁起物として名物になった。

また、江戸では鶏大明神の名で知られたらしく、また、浅草寺奥の院とも称した。酉の市には多数の鶏が奉納され、翌日、浅草寺の境内に放つ習わしがあった。

鷲大明神祭
『江戸名所図会』鷲大明神祭(国会図書館デジタルコレクション)

『江戸名所図会』の「鷲大明神祭」の図には、「毎年十一月酉の日に修行す。世に酉のまちといへり。近郷の農民家鶏を献ず。祭終るの後、悉く浅草寺観音の堂前に放つを旧例とす」とある。

後に千住の勝専寺や浅草の長国寺・鷲大明神(鷲神社)でも酉の市が開かれるようになったが、浅草を「新酉」、千住を「中酉」と称したのに対し、花又は「大酉」「本酉」と称し、非常に盛んであった。

花又の酉の市が栄えた理由の一つに賭博があった。酉の市に限り、門前で辻賭博が開帳されたことから、賭博を兼ねた参詣者が多数集まったのである。ところが安永5年(1776)辻賭博が禁止されたことから、次第に賑わいは浅草に移り、今では酉の市というと浅草田甫の鷲神社がもっともよく知られるようになっている。

なお、神社の由緒により、氏子は鶏肉・鶏卵を食さないという。

写真帖

一の鳥居

一の鳥居。両側に奉納提灯が掲げられている。

二の鳥居

二の鳥居。天保14年(1843)11月に奉納されたもの。

神苑

神苑。

三の鳥居

三の鳥居。

境内社

境内社。

手水舎

手水舎。見事な鳥の彫刻が施されている。

手水舎の彫刻

手水舎、蛙股の鷲の彫刻。

手水舎の彫刻

虹梁の波に千鳥の彫刻。

手水舎の彫刻

木鼻の獅子の彫刻

手水舎の彫刻

蛙股の雄鶏の彫刻。

手水舎の彫刻

蛙股の雌鶏の彫刻。

神楽殿

神楽殿。

拝殿

拝殿。

拝殿の扁額

拝殿の扁額「正一位 鷲大明神」。

拝殿破風の彫刻

拝殿の破風、鷲の彫刻。その上に五本骨扇に月丸の神紋。

本殿

本殿。

酉の市

酉の市

平成28年二の酉、社頭風景。

酉の市

平成28年二の酉、熊手の屋台とライトアップされた拝殿。

酉の市

令和7年二の酉、拝殿。途切れることなく参拝者が訪れる。

酉の市

拝殿前から境内の人並みを望む。

メモ

酉の市といえば、浅草の鷲神社を筆頭に、新宿の花園神社・目黒の大鳥神社・雑司ヶ谷の大鳥神社など都内各地で行われるが、花畑の大鷲神社が発祥だということが意外に知られていないのは残念である(最近はかなり知られてきたようだ…平成29年追記)。二十三区内とはいえ、5分も歩けば埼玉県という立地もあると思われる。

周囲はすっかり住宅街になっているが、境内には緑が茂り、かつての農村地帯の鎮守であった風情を残している。
酉の市というと、今では都会の祭というイメージだが、浅草田甫というように、浅草のお酉様もかつては郊外の農村地帯であった。花畑の酉の市は農村の祭であった、かつての酉の市の雰囲気を残しているように思われる。少々不便なところではあるが、お勧めである。(以上、平成19年12月27)

平成28年の二の酉に参拝して二度目の御朱印を拝受、平成29年の正月に参拝して新しくできたオリジナルの御朱印帳をいただいた。
なお、花畑大鷲神社の所在地について、東京都神社庁のホームページでは花畑7-16-8、『平成「祭」データ』では花畑7-15-1となっている。東京都の宗教法人名簿では7-16-8となっているが、マピオンで見ると社殿は7-15-1にある。16番8号は宗教法人の主たる事務所の所在地ではないかと思われる。(平成29年4月12日追記)

花畑大鷲神社の概要

名称 大鷲神社
通称 花畑大鷲神社 花又大鷲神社
旧称 鷲大明神 鶏大明神
御祭神 日本武尊〔やまとたけるのみこと〕
鎮座地 東京都足立区花畑七丁目15番1号
創建年代 不詳
社格等 旧村社
例祭 11月酉の日/酉の市
神事・行事 1月1日/歳旦祭
2月11日/祈年祭
11月25日/新嘗祭

交通アクセス

□東武スカイツリーライン「谷塚駅」よりバス
■東武バス桑袋団地行き「草加記念体育館前」下車、徒歩7分
□東武スカイツリーライン「竹ノ塚駅」よりバス
■東武バス花畑団地行き終点「花畑団地」下車、徒歩10分
□つくばエクスプレス「六町駅」よりバス
■東武バス花畑団地循環「花畑六丁目」下車、徒歩5分

更新履歴

2007.12.27.公開
2017.05.02.更新、Wordpressへ移行。御朱印と画像を追加。
2026.02.16.更新、御朱印と画像を追加。

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