飛木稲荷神社

飛木稲荷神社

正式名称 稲荷神社〔いなりじんじゃ〕
通称 飛木稲荷神社〔とびき いなりじんじゃ〕
御祭神 宇迦神霊命
社格等 旧村社
鎮座地 東京都墨田区押上2-39-6 [Mapion|googlemap]

【由緒概要】
社伝によれば、鎌倉幕府滅亡後、北条一門が当地に逃れ、稲荷大明神を奉斎したことに始まる。御神木の大イチョウは、暴風雨で飛んできたイチョウの枝が根付き、いつしか亭々たる大樹になったもので、これに因んで飛木稲荷神社と称されるようになった。第二次大戦の空襲をうけた時、我が身を焦がして延焼を防ぎ、多くの命を救ったことから「身代わり飛木の大イチョウ」として知られる。

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飛木稲荷神社の御朱印

  • 飛木稲荷神社の御朱印

    (1)

  • 飛木稲荷神社の御朱印

    (2)

(1)平成17年拝受の御朱印。朱印は「飛木稲荷神社」。

(2)平成28年拝受の御朱印。中央の朱印は「飛木稲荷神社」で平成17年のものと同じ。右上は「東京押上鎮座」。

飛木稲荷神社について

名称 稲荷神社
通称 飛木稲荷神社
御祭神 宇迦神霊命〔うかのみたまのみこと〕
鎮座地 東京都墨田区押上二丁目39番6号
創建年代 不詳
社格等 旧村社
例祭 9月17日前後の土・日曜日
神事・行事 1月1日/歳旦祭
2月上午の日/初午祭
2月11日/建国記念祭
4月15日/ぼんでん祭・日枝神社例祭
6月30日/大祓
11月23日/新嘗祭
12月31日/大祓

御由緒

旧請地村の鎮守。旧別当は飛木山円通寺。創建年代は不詳だが、明治2年(1869)の神社明細帳には応仁2年(1468)の創建とある。

伝承によれば、鎌倉幕府滅亡の後、北条氏の一門がこの地に逃れてきて稲荷大明神を祀ったという。

また、暴風雨によって飛んできた銀杏の枝がこの地に刺さり、いつしか亭々たる大樹となったため、里人がこれを瑞兆として稲荷神社を祀ったともいう。社前の銀杏の大木がそれとされ、「飛木」の名もこれに因む。

昭和8年(1933)村社に昇格した。

写真帖

  • 鳥居と御神木

    一の鳥居と御神木の銀杏

  • 御神木

    御神木の銀杏

  • 神楽殿

    神楽殿

  • 手水舎

    手水舎

  • 二の鳥居

    二の鳥居

  • 社号額

    社号額

  • 日枝神社

    日枝神社

  • 日枝神社社殿

    日枝神社社殿

  • 拝殿

    拝殿

  • 本殿

    本殿

  • 奥宮

    奥宮

  • 旧観

    旧観(平成17年)

メモ

社名の由来となった大銀杏は樹齢500~600年といわれる。区内随一の大木で、区の天然記念物に指定されている。戦災で焼けたために一時は樹勢が衰えたが、今は再び勢いを取り戻している。幹には今も焦げ跡が残る。我が身を焦がして延焼を防ぎ、多くの命を救った「身代わり飛木の大イチョウ」として知られている。

資料

吾嬬町誌

飛木稲荷神社

本社に西一丁目一番地に所在し無格社である。社掌は千葉一慶、旧来吾嬬請地、本所区向島請地の鎮守であつた。本社も古い記録の拠るべきものなき為め詳細を知る能はざるも、北條の末期か或ひは足利初期時代の創建なるべしと思惟される。附近の人の尊崇厚く、社前にある神木は年代不詳なるも、飄然として飛び来つた銀杏の枝が芽を出し生育したといふので、人称して飛木稲荷と呼ぶに至つた。大祭は毎年九月十七日、月の縁日は十六日で参詣者頗る多し。


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