新田神社(矢口)

新田神社(矢口)

正式名称 新田神社〔にったじんじゃ〕
御祭神 新田義興公
社格等 旧府社
鎮座地 東京都大田区矢口1-21-23 [Mapion|googlemap]
公式サイト http://nittajinja.org/

【由緒概要】
正平13年(1358)新田義貞の第二子・義興は武蔵国矢口渡で奸計のため壮烈な最期を遂げた。その後、悪計に携わった人々が次々に変死、また矢口付近に怪光が現れたため、義興の墳墓の前に社を建て、新田大明神として崇めた。江戸時代、平賀源内が境内の旗竹を用いて「矢守」を考案したことから「破魔矢発祥の社」として知られる。

新田神社の御朱印

  • 新田神社の御朱印

    (1)

  • 新田神社の御朱印

    (2)

(1)平成17年拝受の御朱印。中央の朱印は「新田神社」。上は一つ引き両(新田氏の家紋)と五三桐の神紋、右上に「武蔵國矢口鎮座」。

(2)平成26年拝受の御朱印。中央の朱印は「新田神社」だが、平成17年のものとは変わっている。右上に神紋、右に「武蔵國矢口鎮座」。

昔の御朱印

  • 昭和12年の御朱印

    (1)

(1)昭和12年の御朱印。上の朱印は「新田神社」、左右に「忠貞■身」「■撃■賊」。下は「新田神社社務所之印」。

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新田神社について

名称 新田神社
旧称 新田大明神
御祭神 新田義興公〔にったよしおき こう〕
鎮座地 東京都大田区矢口一丁目21番23号
創建年代 室町神社
社格等 旧府社
例祭 10月10日
神事・行事 1月1日/歳旦祭
2月11日/紀元祭
2月17日/祈年祭
4月10日/春季大祭・靖國碑招魂祭
6月30日/大祓
11月23日/新嘗祭
12月31日/大祓・除夜祭
文化財 〈都有形文化財〉新田大明神縁起絵巻
巡拝 多摩川七福神(恵比須)

御由緒

御祭神・新田義興は新田義貞の第二子。各地で奮戦し、南朝を支えた。しかし正平13年(1358)、鎌倉公方・足利基氏と関東管領・畠山国清の命を受けた竹沢右京亮や江戸遠江守らの奸計により、多摩川の矢口渡で壮烈な最期を遂げた。

その後、江戸遠江守をはじめ、悪計に加担した者が次々に変死、さらに矢口付近に「光り物」が現れて往来の人々を悩ませるようになった。そのため、義興の墳墓の前に社殿が建てられ、「新田大明神」として崇められるようになった。

江戸幕府が開かれると、徳川将軍家が新田家の系譜に連なるということから篤く崇敬された。松平政種が「新田大明神縁起絵巻」を奉納、松平頼寛が「新田神君碑」を建立している。

平賀源内は境内の「旗竹」を用いて除災招福・邪気退散の「矢守」を考案した。旗竹は源氏の白旗が根付き、決して神域を越えることがないと伝えられる篠竹である。さらに、新田大明神の縁起を脚色し、福内鬼外のペンネームで浄瑠璃歌舞伎『神霊矢口渡』を書いたところ、爆発的な大当たりとなり、江戸庶民の間で「新田詣」が流行したという。因みに、この「矢守」が破魔矢の元祖であるという。

明治6年(1873)府社に列格。同42年(1909)、義興に従三位が追贈された。

写真帖

  • 鳥居

    鳥居

  • 御神木の欅

    御神木の欅

  • 稲荷神社

    末社 稲荷神社

  • 唸る狛犬

    唸る狛犬

  • 建石華表碑

    建石華表碑

  • 拝殿

    拝殿

  • 本殿

    本殿

  • 矢口新田神君之碑

    矢口新田神君之碑

  • 御塚

    御塚

メモ

社殿の背後にある円墳は「御塚」と呼ばれ、新田義興の墓とされる。「荒山」「迷い塚」などとも呼ばれ、ここに入ると必ず祟りがあるといわれているそうだ。江戸時代、盗賊がここに逃げ込んだが、意識不明になり、村人に捕まったことがあるとのこと。現在は金網で囲まれ、立ち入ることができなくなっている。
境内の南側に並んだ石造物にも興味深いものがある。ヤツデの葉の陰に隠れているような狛犬は「唸る狛犬」という。義興を陥れた畠山一族やその血縁者・末裔が神社の近くに来ると必ず雨が降り、この狛犬が唸ったと伝えられる。残念ながら、一体は戦災で壊れてしまったとのことである。
「建石華表碑」は、かつて武蔵新田駅前通りにあった一の鳥居建立の経緯を記したものである(華表は鳥居のこと)。江戸麻布の篤志家・亀屋重五郎は義侠心が強く、人々の信望厚い高潔の仁徳者であった。新田大明神に祈願して神恩を蒙ることしばしばであったので、石造の大鳥居の建立を発願したが、志半ばで他界してしまった。その後、重五郎を敬愛する人や新田大明神の崇敬者が協力して浄財を集め、天保3年(1832)完成に至ったという。しかし、昭和45年(1970)下水道工事の際に誤って笠木を破損し、倒壊の危険が生じたため、やむなく解体された。現在、鳥居の石材が碑のとなりに保存されている。


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