第39番 赤亀山 延光寺 | 高知県宿毛市

39番延光寺

古い資料や納経帳では「寺山〔じさん〕」の通称を使うことが多い。寺伝によれば、神亀元年(724)聖武天皇の勅願により行基菩薩が開創し、亀鶴山施薬院宝光寺と号した。延暦年間(782~805)弘法大師が桓武天皇の勅願所として再興した。寺宝の梵鐘は、龍宮の赤亀が背負ってきたものと伝えられ、これに因んで赤亀山延光寺と改めたという。

名称 赤亀山 寺山院 延光寺
御本尊 薬師如来
本尊真言 おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
御詠歌 南無薬師諸病悉除の願こめて 詣る我が身を助けましませ
所在地 高知県宿毛市平田町中山390 [Mapion|googlemap]
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目次

延光寺の納経(御朱印)

延光寺の納経
(1)
39番延光寺の納経
(2)

(1)平成元年拝受の納経。揮毫は薬師如来の種字「バイ」に「薬師如来」。中央の宝印は亀。右上の印は梵鐘に「三十九番」、左下は「土佐寺山」。

(2)平成19年拝受の納経。揮毫・朱印ともに平成元年のものと同じ。

昔の納経

天保11年の納経
(3)
天保12年の納経
(4)
明治38年の納経
(5)

(3)天保11年(1840)の納経。揮毫は「奉納」「本尊薬師如来」「土州寺山」。中央の宝印は蓮台上の火炎宝珠に薬師如来の種字「バイ」。右上は「四国三拾九番」、左下は白抜きで「院□寺山」(2文字目は判読できず)。

(4)天保12年(1841)の納経。揮毫は「奉納」「薬師如来」「土州寺山」。朱印は天保11年のものと同じ。

(5)明治38年(1905)の納経。揮毫は「奉納」「本尊薬師如来」「トサ(土佐)延光寺」。中央の宝印は蓮台上の火炎宝珠に薬師如来の種字「バイ」。右上の印は「四国第三十九番」、左下は「延光寺印」。

略縁起

江戸時代の資料や納経帳では「寺山〔じさん〕」の通称を使うことが多い。澄禅の『四国辺路日記』では「寺山」、真念の『四国辺路道指南』では「寺山院」となっている。

寺伝によれば、元は亀鶴山施薬院宝光寺と号し、神亀元年(724)聖武天皇の勅願により、行基菩薩が建立したという。本尊の薬師如来も行基菩薩の作と伝えられる。

延暦14年(795)弘法大師が桓武天皇の勅願所として再興、日光・月光の両菩薩を刻んで本尊の脇侍とした。また、飲み水が乏しいこの地の里人のため、錫杖で地面を突くと清水が湧きだした。これが「眼洗いの井戸」で、昔から眼病の治癒に霊験があるという。

寺宝の梵鐘は延喜11年(911)の銘があり、龍宮から赤亀が背負ってきたものと伝えられる。これに因んで赤亀山延光寺と改めたという。高知県最古の梵鐘であり、制作年がわかっているものとしては全国でも7番目に古いものとのこと。

奥の院は、かつて寺山延光寺十二坊の坊頭であった南光院だが、現在は納経をしていないようである。

写真帖

赤亀の石像
鐘を背負った赤亀の石像
目洗いの井戸
目洗いの井戸
本堂
本堂

延光寺の概要

山号 赤亀山(しゃっきざん)
寺号 延光寺(えんこうじ)
院号 寺山院(じさんいん)
通称 寺山
旧称 亀鶴山 施薬院 宝光寺
御本尊 薬師如来
所在地 高知県宿毛市平田町中山390番地
創建年代 神亀元年(724)
開山 行基菩薩
宗派等 真言宗智山派
文化財 〈重文〉銅鐘

交通アクセス

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