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元神明宮 | 東京都港区

元神明宮

元神明宮は、社伝によれば寛弘2年(1005)の創建とされる御鎮座一千年の古社である。古くは小山神明宮などと呼ばれたが、飯倉神明(芝大神宮)の旧地であるとの伝承から「元神明宮」の名がある。天正年間(1573=92)徳川家より神宝・御神体を遷すよう命じられたが、氏子等が夜通し警護して御神体のみは旧地に止めたと伝えられる。

正式名称 神明宮〔しんめいぐう〕
通称 元神明宮〔もとしんめいぐう〕
御祭神 天照皇大御神 〈相殿〉水天宮
社格等 旧村社
鎮座地 東京都港区三田1-4-74 [Mapion|googlemap]
公式サイト http://motoshinmei.or.jp/
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御由緒

元神明宮は、社伝によれば寛弘2年(1005)一条天皇の勅命により創建された。渡辺綱の産土神であることから、御田八幡神社春日神社とともに篤い崇敬を受けたという。江戸時代以前は小山神明宮、元神明宮などと呼ばれていた。

飯倉神明宮(芝大神宮)の元地と伝えられ、天正年間(1573~92)徳川家が江戸に入府した後、地割りの変更により神宝・御神体を遷すよう命じられたとき、氏子の人々が「御神体だけは渡せない」と夜通し警護して守ったという。以来、芝神明に対して元神明宮と称されるようになった。

明治2年(1869)天祖神社と改称。大正13年(1924)村社に昇格。

相殿に祀られている水天宮は、文政元年(1818)隣接する久留米藩有馬家の上屋敷に祀られ、江戸の庶民の信仰を集めていた。明治元年(1868)有馬邸とともに青山に移転したが、その際、御分霊を祀ったものである。なお、青山に移転した水天宮は同5年(1872)日本橋蛎殻町に遷されて現在に至る。今も安産の神として名高い日本橋の水天宮である。

旧社殿は大正14年(1925)に建造されたものであったが、老朽化のため全面的な改築を行い、平成6年(1994)に落成した。鉄筋コンクリートの近代的な建物の中に、伝統的な木造の社殿が建つ斬新なスタイルである。

境内末社としていくつかの稲荷社がある。そのうち、平河稲荷はもともと江戸城内紅葉山に祀られ、徳川家光の御台所が信仰していたという。明治維新に際して元神明宮に祀られることになったとされるが、『文政寺社書上』にも「平川稲荷大明神」の名が見える。

御朱印

  • 元神明宮の御朱印

平成17年(御鎮座一千年の年)の御朱印。上の朱印は「元神明宮」、下は「天祖神社」。

写真帖

  • 参道

    参道

  • 天白稲荷神社

    天白稲荷神社

  • 社殿

    社殿

  • 内拝殿

    内拝殿

  • 境内背面

    境内背面(ビルになっている)

メモ

表参道の石段は伝統的な神社の雰囲気だが、登り切ったところに鉄筋コンクリート打ちっぱなしの斬新な建物が建つ。外部の階段を二階に上がり、内部に入ると木製の社殿がある。境内を背後から見ると、大きなビルのようになっている。
御朱印をいただいたときが初めての参拝であったが、北(裏側)から行った上に、「近代的な建物」と聞いていたので、ビルの中から行けるのかと思たのだが、そちらから神社に行けるような感じではなかったので戸惑ってしまった。
2度目の参拝は3月の末。ソメイヨシノが美しかった。
なお、社号について明治初年に天祖神社と改称しているが、現在の宗教法人としての正式名称は「神明宮」である。旧称に復した年代は未確認だが、平成6年の社殿新築の頃ではないかと思われる。

元神明宮の概要

名称 神明宮
通称 元神明宮
旧称 天祖神社 小山神明宮 本神明
御祭神 天照皇大御神〔あまてらすおおみかみ〕
〈相殿〉
水天宮御分霊〔すいてんぐうのごぶんれい〕
鎮座地 東京都港区三田一丁目4番74号
創建年代 寛弘2年(1005)
社格等 旧村社
例祭 9月中旬
神事・行事 1月1日/歳旦祭
2月3日/節分追儺式
2月17日頃/祈年祭
3月下旬/春祭り
4月上旬/春祭り
5月20日頃/稲荷祭
6月30日/夏越の大祓式
11月23日/新嘗祭
12月31日/年越の大祓式

交通アクセス

□赤羽橋駅(都営大江戸線)より徒歩5分
□麻布十番駅(南北線)より徒歩4分
□麻布十番駅(都営大江戸線)より徒歩7分

東都神社御朱印集
東京の神社400社以上の御朱印や由緒などの紹介。珍しい江戸時代から昭和戦前までの御朱印も掲載。
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