一宮神社 | 愛媛県新居浜市

一宮神社

一宮神社は大三島の大山祇神社と御同体で、創建年代は不詳。古くより大山積神が祀られており、和銅2年(709)雷神・高龗神を大三島より勧請したという。社伝によれば嵯峨天皇の勅願を受け、郡の一宮として崇められた。新居氏・河野氏・金子氏など歴代領主の崇敬も篤く、江戸時代には西条藩松平氏祈願所6社の一つとされた。秋の例大祭は新居浜太鼓祭りとして名高い。

正式名称 一宮神社〔いっくじんじゃ〕
御祭神 大山積神 雷神 高龗神 〈相殿〉建御名方神
社格等 旧県社
鎮座地 愛媛県新居浜市一宮町1-3-1 [Mapion|googlemap]
公式サイト https://www.ikkujinja.or.jp/
あわせて読みたい
諸国神社御朱印集 全国には約8万の神社があるといわれる。これは宗教法人となっている神社の数で、旧官国幣社や別表神社など多くの参詣者を集める大きな神社から地域の氏子によって守られ...
目次

御朱印

一宮神社の御朱印
(1)
一宮神社の御朱印
(2)
一宮神社の御朱印
(3)
一宮神社の御朱印
(4)

(1)平成19年拝受の御朱印。中央の朱印は「一宮神社」、右上は「隅切折敷縮三文字」の神紋。社号などの揮毫はない。

(2)平成27年拝受の御朱印。朱印は(1)と同じ。

(3)令和3年拝受の御朱印。朱印は(1)と同じ。

(4)令和7年拝受の切り絵御朱印。社殿の切り絵に「一宮神社」の銀の印。令和7年時点では切り絵御朱印のみの対応であった。

昔の御朱印

一宮神社の御朱印
(4)

(4)明治11年の御朱印。墨書は「愛媛県下伊豫國新居郡金子村鎭坐/一宮神社/祠官矢野直逵」。中央の朱印は「郷社新居郡一宮神社」。

一宮神社について

境内旧観
旧拝殿(平成27年撮影)

御祭神

■大山積神
■雷神
■高龗神
〈配祀〉
■建御名方神

由緒

社殿

一宮神社の創建年代は不詳だが、古くより大山積神を祀り、和銅2年(709)雷神・高龗神を大三島より勧請したと伝えられる。

あるいは孝霊天皇の皇子・彦狭島命(別名・伊予皇子)が創祀し、推古天皇の御代にその末裔である越智益躬が社殿を造営したという伝承もある。一方、『新居浜市史』は平安時代中期、新居庄が成立した頃、開拓者である新居氏が大三島の大山祇神社より勧請したのであろうとする。

社伝によれば嵯峨天皇の勅願所とされ、弘仁2年(811)「正一位一宮大明神」の勅額を賜ったとされる。郡の一宮として崇められ、新居氏・河野氏・金子氏などの歴代領主の崇敬も篤かった。建武年間(1334~38)河野九郎左衛門尉、観応年間(1350~52)河野対馬入道、明徳年間(1390~94)金子氏が社殿を造営している。

天正13年(1585)豊臣秀吉の四国征伐に際し、毛利勢の兵火にかかり、社殿・神宝・旧記等烏有に帰した。しかし、その後、毛利家で厄難が続いたため、慶長10年(1605)家臣を送って社殿を再建したところ、厄難が治まったという。元和6年(1620)さらに毛利氏が社殿を改築。

その後も毎年使いを遣わして奉幣していたが負担が大きかったため、延宝6年(1678)長州萩に当社を勧請したという。

寛文10年(1670)西条藩主・松平頼純は社領2石を寄進、伊曽乃神社石岡神社黒島神社とともに藩の祈願所とされた(後に村山神社周敷神社を加えて西条藩祈願所六社とする)。宝永2年(1705)には現在の本殿を造営した。

明治5年(1872)郷社に列格、大正6年(1917)県社に昇格。また明治30年(1897)には拝殿を新築した。

旧拝殿と伊与八幡神社
旧拝殿と伊与八幡神社

平成23年(2011)に起きた東日本大震災を機に耐震強度診断を受けたところ、平成13年(2001)の芸予地震で配電の柱が折れているなどの問題が明らかになったことから幣殿・拝殿を改築することとなり、平成29年(2017)に落成した。

新居浜太鼓祭り

新居浜市内の秋祭には多数の太鼓台が参加し、新居浜太鼓祭りとして名高い。一宮神社には川西地区13台の太鼓台が奉納される。特に一宮神社の祭礼では、隔年で行われる「船御幸(海上渡御)」が有名で、新居浜港本港地区内を神輿が乗った船を先頭に専用台船に乗せられた太鼓台が一周しながら舁き比べを披露する。

伊与八幡神社

伊与八幡神社

御本社の東側に鎮座している。安産の神として女性の信仰が厚いという。

御祭神は神功皇后・応神天皇・玉依姫命の三柱で、猿田彦命・天児屋根命・伊弉諾尊・菊理姫神を合祀している。延久年間(1069~74)伊予守・源頼義が四国に48社の八幡宮を建立した中の一社と伝えられる。

御本社と同じく、天正13年(1585)豊臣秀吉の四国征伐に際して毛利勢の兵火にかかって焼失した。その後、毛利家中で厄難が続いたため、社殿を再建した。慶長年間(1596~1615)長州萩に御分霊を勧請して伊与八幡宮と称し、さらに江戸高輪の藩邸にも奉斎したという。

ただし、毛利氏が再建した伊与八幡神社(伊豫八幡神社)については宇高村の八旛神社(新居浜市八幡2)とする説もある。

明治39年(1906)に神社合祀令が出ると、金子村に鎮座していた諸社が伊与八幡神社に合祀された。

新居神社

新居神社

旧村社で、かつては西町に鎮座していた。御祭神は、『平成「祭」データ』は主祭神を大己貴命とし、少彦名命と速玉男神とするが、昭和24年(1949)の『港新居浜の全貌』は事代主命・少童命・伊弉諾尊とする。

創建年代は不明だが、新居浜開闢以来鎮座しており、伊予十四郡の33社の1社と伝えられる。

元は恵比須神社と称していたが、明治43年(1910)新居浜町内に鎮座していた海神社・春宮神社・恵比須神社、恵比須神社境内末社の天満宮・風神社を合祀し、新居神社と改称した。

昭和32年(1957)一宮神社境内に遷座した。

一宮神社のクスノキ群

一番楠
一番楠

一宮神社の境内や参道には約90本のクスノキがある。その内、目通り1m以上のものは53本。6m以上のものは4本、7m以上のものは2本ある。中でも最大の「一番楠」は目通り9.6m、根回り14.9m、高さ29m、樹齢は約1千年という。

このクスノキ群は自生のものではないが、植樹の年代が古いものとして価値があり、昭和26年(1951)国の天然記念物に指定された。

楠木神社・小女郎狸

楠木神社

境内で最も大きい一番楠の麓に朱塗りの祠がある。小女郎狸を祀る楠木神社である。

小女郎狸は新居浜の奥の小女郎谷に住む女狸で、夕方になると美しい女性に化けて出るので「小女郎狸」と呼ばれたという。讃岐屋島の太三郎狸(禿狸)や伊予壬生川の喜左衛門狸に劣らぬ神通力を持ち、一宮明神に見込まれて神使として用いられたと伝えられる。

写真帖

一の鳥居

一の鳥居。随神門の南約200m、参道の端に建っている。しかし随神門から約70mのところを平和通りが横切ったことにより、そこから北が実質的な参道になり、ここから参拝する人はほとんどいない感じである。

参道

一の鳥居から平和通りへの参道。舗装はされず、両側にクスノキの大木が並ぶ。

二の鳥居

二の鳥居。平和通りの南側から望む。この先が実質的な参道となっている。

立川銅山師奉納常夜灯

立川銅山師奉納常夜灯。立川銅山を所有していた京都の銭座仲間が一宮神社に願い出て、立川銅山師が奉納したものである。東側(左)の1基は宝永元年(1704)、西側の1基は宝永3年(1706)に奉納された。立川銅山は別子銅山より40年以上前の寛永年間(1624~43)に開坑されたが、経営の悪化により寛延2年(1749)別子銅山に併合された。

随神門

随神門。中央部分が一段高くなった独特の形式をしている。秋の祭礼で太鼓台が通過できるようにしたもののようだ。江戸時代初期の建築で、本来は普通の一層の入母屋造だったが、江戸時代末期に中央部分を切り上げ、現在のような形になったようだ。

境内

境内。周囲にクスノキの大木が茂る。

茶筅塔

茶筅塔。

手水舎

手水舎。寄進者の名を刻んだ石碑がある。昭和の終わりにこの辺り一帯を取り仕切っていた大親分の名である。

拝殿

平成29年(2017)に落成した新しい拝殿。正面の注連柱、左右の狛犬は以前の拝殿と同じ。

狛犬

拝殿前の狛犬。円柱の上に小さな狛犬がある。柱に刻まれた文字は読めない。

本殿

本殿。宝永2年(1705)西条藩主・松平頼純の寄進により造営された。

伊与八幡神社

御本社の東側に建つ摂社・伊与八幡神社。詳しくは上記。

伊与八幡神社本殿

伊与八幡神社の本殿。建造年代は不詳だが、江戸時代末期のものであろうという。

境内社

境内社。左から素鵞神社、新居神社、金毘羅宮。拝殿の改修以前は素鵞神社と新居神社がこの場所にあり、金毘羅宮は御本社と伊与八幡神社の間にあった。

素鵞神社

素鵞神社。元は新居浜町の越智家の境内社だったが、一宮神社境内に遷された。

新居神社

新居神社。元は恵比須神社と称し、西町に鎮座していたが、明治43年(1910)新居浜町内の諸社を合祀し、新居神社と改称した。昭和32年(1957)一宮神社に遷座した。詳しくは上記。

金毘羅宮

金毘羅宮。元は久保田地区に鎮座していたが、明治42年(1909)頃、一宮神社の境内に遷された。長く御本社と伊与八幡神社の間に祀られていたが、拝殿の新築に際して現在の場所に遷された。鳥居や狛犬、石灯籠は久保田から移されたもののようだ。

一番楠

一番楠。

楠木神社

楠木神社。一番楠の根元にあり、小女郎狸を祀る。詳しくは上記。

稲荷神社

一宮稲荷神社。御祭神は倉稲魂命。

旧観

旧拝殿

旧拝殿。明治30年(1897)の造営。

旧拝殿向拝

旧拝殿の向拝の彫刻。鳳凰、鶴、飛龍、獅子、象などの豪華なものである。

旧拝殿向拝

向拝の彫刻。木鼻の獅子と象。

金毘羅宮

境内社の金毘羅宮。拝殿の改築前は、御本社の本殿と伊与八幡神社の本殿の間に鎮座していた。

メモ

新居浜市役所の西約200m、市街地の中心にクスノキの巨木で覆われた境内が広がる。

かつての金子村と新居浜浦の氏神。私の父方は曾祖父の代まで金子村に住んでいたので、戦国時代末から大正半ばまで当社が氏神だった。祖父も当地で育ったので、西条祭のだんじりより新居浜太鼓祭りの太鼓台に親近感があったようだ。

初めて御朱印を拝受したのは平成19年。平成27年に新居浜市内の神社を巡った際、社殿の建て替え計画の掲示を見て落成後にもう一度参拝しようと思っていたのだが、結局令和3年になってしまい、しかも雨だったのでうまく写真が撮れなかった。令和7年に改めて参拝。それまで御朱印はずっと同じだったのだが、今回は切り絵御朱印のみの対応になっていた。

一宮神社の概要

名称 一宮神社
旧称 一宮明神
御祭神 大山積神〔おほやまつみのかみ〕
雷神〔いかづちのかみ〕
高龗神〔たかおかみのかみ〕
〈相殿〉
建御名方神〔たけみなかたのかみ〕
鎮座地 愛媛県新居浜市一宮町1丁目3番地1号
創建年代 不詳
社格等 旧県社
例祭 10月16~18日(新居浜太鼓祭り)
神事・行事 1月1日/元旦祭
2月1日/年賀厄除祭
5月上旬/春季大祭
7月30日/ 夏越祭
11月15日/七五三祭
11月23日/新嘗祭
12月31日/大祓
文化財 〈国天然記念物〉クスノキ群

交通アクセス

※掲載の情報は最新のものとは限りません。ご自身で確認をお願いします。
※掲載されている古い資料画像(納経帳、絵葉書等)について、特に引用元を明示したもの以外は管理者が所有する資料であり、無断使用はご遠慮ください。使用を希望される場合は管理者までご連絡ください。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次