この納経帳は、明治38年(1905)に四国八十八ヶ所を巡拝したものである。巡拝したのは女性だが、どこの人かはわからない。阿波の札所で重ね印をしているので、徳島県もしくは関西方面の人ではないかと思われる。
以下に阿波国(徳島県)の札所を見ていく(65番雲辺寺は除く)。阿波国の札所は、12番焼山寺を除いて2回参拝している。また、17番井戸寺は、旧称の妙照寺になっている。番外札所での納経はないが、5番地蔵寺では奥之院・五百羅漢の印が重ねて押されている。
霊山寺から切幡寺まで(十里十ヶ寺)
霊山寺・極楽寺
【右】1番 霊山寺
竺和山 霊山寺
本尊:釈迦如来
所在地:徳島県板野郡板東村(徳島県鳴門市大麻町板東)
文字は版木押しで、中央の文字は「本尊釈迦如来」。中央の朱印は桜の花と卍。右上の印は「四国第一番」、左下は「弌乗院」。
中央の朱印については、江戸時代から明治20年頃までは菊と卍の組み合わせであった。明治の末か大正の初め頃から、現在と同じような宝珠と「霊」の字の組み合わせになり、その間の20年余り、桜と卍の印が使われたようだ。左下の「弌乗院」の印は、江戸時代から現在に至るまで使われている。
【左】2番 極楽寺
日照山 極楽寺
本尊:阿弥陀如来
所在地:徳島県板野郡板東村(徳島県鳴門市大麻町檜)
中央の揮毫は「金堂阿弥陀如来」。中央の朱印は阿弥陀如来の種字「キリーク」を円形にデザインしたもののようである。右上の印は「四国第二番」、左下は「安養閣」のようで、この二つは現在の印と同じようである。
金泉寺・大日寺
【右】3番 金泉寺
亀光山 金泉寺
本尊:釈迦如来
所在地:徳島県板野郡板西村(徳島県板野郡板野町亀山下)
中央の揮毫は「本尊釈迦如来」。中央の朱印は菊の花と流水の組み合わせ。現在の印は菊花の中心に本尊脇侍の種字が入るが、こちらは普通の菊花である。右上の印は「四国第三番」。左下の印は「金泉寺」で、現在のものと同じようである。
【左】4番 大日寺
黒巌山 大日寺
本尊:大日如来
所在地:徳島県板野郡松坂村(徳島県板野郡板野町黒谷)
文字は版木押しで、中央は「本尊大日如来」。中央に印はなく、右上に「四国第四番」、右下に「黒巌遍照」。どちらも現在のものと同じようである。
地蔵寺・安楽寺
【右】5番 地蔵寺
無尽山 地蔵寺
本尊:地蔵菩薩
所在地:徳島県板野郡松坂村(徳島県板野郡板野町羅漢)
文字は版木押しで、「本尊地蔵大菩薩」。中央に朱印はない。五輪塔をかたどった印は奥之院・五百羅漢のものである。左下の印は「無盡荘厳」。右上に「第五番奥院」の印が二つ押され、「四国五番」の印が中央上にあることから見て、1回目の参拝では五百羅漢でのみ納経をしたのではないかと思われる。
【左】6番 安楽寺
温泉山 安楽寺
本尊:薬師如来
所在地:徳島県板野郡松島村(徳島県板野郡上板町引野)
文字部分は版木押しで、中央は「本尊薬師如来」。中央に朱印はなく、右上に「四国第六番」、左下は「安楽寺印」のようである。
十楽寺・熊谷寺
【右】7番 十楽寺
光明山 十楽寺
本尊:阿弥陀如来
所在地:徳島県板野郡御所村(徳島県阿波市高尾)
文字の部分は版木押しで、中央は「本尊阿弥陀如来」。中央に朱印はなく、右上に「四国第七番」、左下に「蓮華院」の印がある。
【左】8番 熊谷寺
普明山 熊谷寺
本尊:千手観世音菩薩
所在地:徳島県阿波郡土成村(徳島県阿波市土成町土成)
文字の部分は版木押しで、中央には「本尊千手観音」。中央に朱印はない。右上の印は「四国第八番」、左下は「真光」で、現在のものと同じようである。
法輪寺・切幡寺
【右】9番 法輪寺
正覚山 法輪寺
本尊:涅槃釈迦如来
所在地:徳島県阿波郡土成村(徳島県阿波市土成町土成)
文字の部分は版木押しで、中央は「本尊釋迦牟尼佛」。中央の朱印はない。右上の印は「四国九番」、左下は「菩提道場」で、書体は少し異なるものの、内容は現在と同じである。
【左】10番 切幡寺
得度山 切幡寺
本尊:千手観世音菩薩
所在地:徳島県阿波郡八幡村(徳島県阿波市市場町切幡)
中央の揮毫は「本殿千手観音」。中央の朱印は蓮華座上の火焔宝珠に千手観音の種字「キリーク」。右上の印は「四国第十番」、左下は「幡」。「幡」の印は江戸時代の終わりには既に使われていた。現在も同じような「幡」一文字の印だが、少し字の形が違っているようだ。
藤井寺から観音寺まで
藤井寺・焼山寺
【右】11番 藤井寺
金剛山 藤井寺
本尊:薬師如来
所在地:徳島県麻植郡西尾村(徳島県吉野川市鴨島町飯尾)
中央の揮毫は「薬師」。中央の朱印は「佛法僧寶」の三宝印。右上の印は「四国第十一番」、左下は「藤井禅寺」。
【左】12番 焼山寺
摩廬山 焼山寺
本尊:虚空蔵菩薩
所在地:徳島県名西郡下分上山村(徳島県名西郡神山町下分)
中央の揮毫は「本尊虚空蔵」。中央の朱印は蓮華座上の火焔宝珠に虚空蔵菩薩の種字「タラーク」。右上の印は「四国第十二番」、左下は「焼山密寺」。
大日寺・常楽寺
【右】13番 大日寺
大栗山 大日寺
本尊:十一面観世音菩薩
所在地:徳島県名東郡上八万村(徳島県徳島市一宮町西丁)
中央の揮毫は「本尊十一面観世音」。中央の朱印は法輪、右上は「四国十三番」、左下は「大栗山花蔵院」で、いずれも現在のものと同じではないかと思われる。
【左】14番 常楽寺
盛寿山 常楽寺
本尊:弥勒菩薩
所在地:徳島県名東郡国府村(徳島県徳島市国府町延命)
文字の部分は五輪塔の形をした版木で、江戸時代から用いられていたもの。地輪の部分に「奉納経」「弥勒大菩薩」「阿波常楽寺」とある。上方にある五輪塔に「四国十四番」、円に梵字7文字の印は現在のものとほぼ同じである。左下の印は「盛寿山延命院」。
阿波国分寺・観音寺
【右】15番 阿波国分寺
薬王山 国分寺
本尊:薬師如来
所在地:徳島県名東郡国府村(徳島県徳島市国府町矢野)
中央の揮毫は「本尊薬師如来」。中央の朱印は「仏法僧」の三宝印、右上は「四国十五番」で、どちらも現在のものと同じようである。下の寺号印は、左が「国分寺印」、右が「国分之寺」。先に押されたのが左の印、後に押されたのが右の印と思われるが、右の「国分之寺」は現在のものと同じもののようである。2度の参拝の間に印が変わり、現在の印と同じになったのであろう。
【左】16番 観音寺
光耀山 観音寺
本尊:千手観世音菩薩
所在地:徳島県名東郡国府村(徳島県徳島市国府町観音寺)
中央の揮毫は「本尊千手観世音」。中央の朱印は蓮華座上の円に千手観音の種字「キリーク」、右上の印は「第十六番」、左下は「光養山」。
妙照寺から薬王寺まで
妙照寺・恩山寺
【右】17番 妙照寺
瑠璃山 妙照寺(現・瑠璃山 井戸寺)
本尊:七仏薬師如来
所在地:徳島県名東郡南井上村(徳島県徳島市国府町井戸)
文字部分は版木押しで、「奉納経 本尊七佛薬師如来 阿波瑠璃山 妙照寺」。中央の朱印は蓮華座上の円に薬師如来の種字「ベイ」で、これは現在の印と同じようである。右上の印は「四国第十七番」。左下の印は「眞福院」で、江戸時代から現代に至るまで用いられている。なお、妙照寺が「井戸寺」を正式名称にしたのは大正5年(1916)のことである。
【左】18番 恩山寺
母養山 恩山寺
本尊:薬師如来
所在地:徳島県勝浦郡小松島村(徳島県小松島市田野町)
文字部分は版木押しで、「奉納経 本尊薬師如来 弘法大師御母公剃髪所 母養山 恩山寺」。中央の朱印は火焔宝珠に薬師如来の種字「ベイ」で、現在の印とほぼ同じだと思われる。右上の印は「四国第十八番」。左下は「恩山寺」で、やはり現在の印と同じようである。
立江寺・鶴林寺
【右】19番 立江寺
橋池山 立江寺
本尊:地蔵菩薩
所在地:徳島県那賀郡立江村(徳島県小松島市立江町)
中央の揮毫は「南無地蔵大士」。中央の朱印はない。右上の印は「第十九番」、左下は「橋池山」。
【左】20番 鶴林寺
霊鷲山 鶴林寺
本尊:地蔵菩薩
所在地:徳島県勝浦郡生比奈村(徳島県勝浦郡勝浦町生名)
中央の揮毫は「南無地蔵大士」、左は「つる山」。中央の朱印は鶴。鶴のデザインは変化しているが、江戸時代から現在まで鶴の印が用いられている。右上の印は錫杖に「第二十番」で、江戸時代から用いられていたもの。左下は「霊鷲山 鶴林寺」で、文字の構成は現在の印と同じだが、書体が違っている。
太龍寺・平等寺
【右】21番 太龍寺
舎心山 太龍寺
本尊:虚空蔵菩薩
所在地:徳島県那賀郡加茂谷村(徳島県阿南市加茂町龍山)
中央の揮毫は「虚空蔵大士」。中央の朱印は雲龍。現在のものとはデザインが異なる。右上の印は「二十一番」。左下の印は「太龍嶽」で、これは江戸時代から現代まで用いられているものである。
【左】22番 平等寺
白水山 平等寺
本尊:薬師如来
所在地:徳島県那賀郡新野村(徳島県阿南市新野町秋山)
揮毫は「薬師如来」。中央の朱印は蓮華座上の火焔宝珠に薬師如来の種字「ベイ」で、現在の印と同じように思われる。右上の印は「二十二番」、左下は「阿波国白水山平等寺」。
薬王寺
【右】23番 薬王寺
医王山 薬王寺
本尊:薬師如来
所在地:徳島県海部郡日和佐村(徳島県海部郡美波町奥河内)
中央の揮毫は薬師如来の種字「ベイ」に「厄除薬師如来」か。中央の朱印は火焔宝珠、右上は「四国第廿三番」、左下は「無量寿院」。
■明治38年(1905)四国八十八ヶ所の納経帳(土佐)
■明治38年(1905)四国八十八ヶ所の納経帳(伊予)
■明治38年(1905)四国八十八ヶ所の納経帳(讃岐)