官幣大社の御朱印(5)

近代社格制度における神宮及び官国幣社の御朱印の紹介。近代社格制度が制定された明治4年(1871)から廃止された昭和20年(1945)までの御朱印を掲載する。

ここでは官幣大社全64社のうち八坂神社から南洋神社まで14社の御朱印を紹介する。昭和19年(1944)に鎮座した関東神宮の御朱印については資料がないため、鎮座記念の切手と鎮座当日の旅順郵便局の特印のシートを掲載した。また、手許にない諏訪大社上社前宮の御朱印については、おかもと氏が運営する「昔の集印帖」より許可を得て転載させていただいた。

神社の順序、掲載する御朱印の基準、各神社の説明の内容についてはこちらを参照。

各神社の画像はいずれも資料として収集した戦前の絵はがきである。
神宮及び官国幣社の御朱印一覧

これまで資料として収集してきた江戸時代から昭和に至る納経帳や御朱印を紹介する。御朱印の歴史や意義に関する議論の混乱は、実際の資料を見ることな...
スポンサーリンク
サイト内検索
広告レクタングル(大)




八坂神社

八坂神社

社殿(明治40年~大正7年)

八坂神社
御祭神:素盞嗚命、稲田比売命、八柱御子神
※現在は素戔嗚尊、櫛稲田姫命、八柱御子神と表記
鎮座地:京都府京都市東山区祇園町北側
社格:式外社、二十二社
昇格:大正4年11月10日
※明治4年官幣中社→大正4年官幣大社
公式サイト:https://www.yasaka-jinja.or.jp/

■御朱印

  • 八坂神社の御朱印

    (1)

  • 八坂神社の御朱印

    (2)

  • 八坂神社の御朱印

    (3)

  • 八坂神社の御朱印

    (4)

  • 八坂神社の御朱印

    (5)

  • 八坂神社の御朱印

    (6)

  • 八坂神社の御朱印

    (7)

  • 八坂神社の御朱印

    (8)

(1)明治13年(1880)の御朱印。中央の朱印は判読しづらいが「八坂神社」か。右上の印は「官幣中社」、左下は「社務所」。墨書は「八坂神社/社務所」。

(2)大正9年(1920)の御朱印。中央の朱印は「八坂神社」。左下の印は「社務所」で、(1)で使われている印と同じと思われる。

(3)大正10年(1921)の御朱印。朱印は「官幣大社/八坂神社/参拝紀念章」、スタンプ的な参拝記念の印だろうか。

(4)大正10年代の御朱印。中央と左下の朱印は(2)と同じ「八坂神社」「社務所」。右上の印は「官幣大社」。

(5)昭和2年(1927)の御朱印。上の朱印は「京都祇園」、下は「官幣大社八坂神社参拝記念」。

(6)昭和5年(1930)の御朱印。上の印は(5)と同じ「京都祇園」。下の朱印は「官幣大社八坂神社」。

(7)昭和10年(1935)の御朱印。上の朱印は「官幣大社八坂神社」、(6)の印とは少し字体が違う。昭和17年の『惟神の礎』にはこの印が掲載されている。下の印は(5)と同じ「京都祇園」。

(8)昭和17年発行の『惟神の礎』(紀元二千六百年奉祝会編)に掲載されている印影。

日枝神社

日枝神社

中門と拝殿(大正7年~昭和8年)

日枝神社
御祭神:大山咋命
鎮座地:東京都麹町区永田町(千代田区永田町)
社格:准勅祭社
昇格:大正4年11月10日
※明治5年府社→明治15年官幣中社→大正4年官幣大社
公式サイト:https://www.hiejinja.net/

※絵はがき…万治2年(1659)造営の旧社殿(旧国宝)。昭和20年(1945)空襲により焼失した。

■御朱印

  • 赤坂日枝神社の御朱印

    (1)

  • 赤坂日枝神社の御朱印

    (2)

  • 赤坂日枝神社の御朱印

    (3)

  • 赤坂日枝神社の御朱印

    (4)

  • 赤坂日枝神社の御朱印

    (5)

(1)明治17年(1884)の御朱印。中央の朱印は「日枝神社之印」、左下の印は「日枝神社社務所印」。墨書は「官幣中社/日枝神社」。

(2)大正10年頃の御朱印。上の朱印は「官幣大社日枝神社印」、下は「官幣大社日枝神社社務所印」。

(3)昭和11年の御朱印。中央の朱印は「官幣大社日枝神社印」だが、(2)とは字体が違っており、印を新調しているようだ。

(4)昭和17年の御朱印。朱印は「日枝大社」。同年発行の『惟神の礎』にはこの印が掲載されている。

(5)昭和17年発行の『惟神の礎』(紀元二千六百年奉祝会編)に掲載されている印影。

竈山神社

竈山神社

本殿(大正7年~昭和8年)

■竈山神社
御祭神:彦五瀬命
鎮座地:和歌山県和歌山市和田町(和歌山市和田)
社格:式内社(小)
国史所載の神階:-
昇格:大正4年11月10日
※明治6年村社→明治18年官幣中社→大正4年官幣大社

※絵はがき…旧本殿。現在の社殿は昭和13年(1938)造営。

■御朱印

  • 竈山神社の御朱印

    (1)

  • 竈山神社の御朱印

    (2)

  • 竈山神社の御朱印

    (3)

  • 竈山神社の御朱印

    (4)

(1)大正8年(1919)の御朱印。中央の朱印は「紀伊國官幣大社竈山神社」、昭和17年の『惟神の礎』二はこの印が掲載されている。左下の印は「竈山神社社務所之印」。墨書は「和歌山縣海草郡三田村/官幣大社/竈山神社」。

(2)昭和4年(1929)の御朱印。上の朱印は(1)と同じ「紀伊國官幣大社竈山神社」。右下は楯(?)に「竈山神社/参拝紀念」、左下は「竈山神社社務所之章」。

(3)昭和17年(1942)の御朱印。朱印は(1)と同じ「紀伊國官幣大社竈山神社」。

(4)昭和17年発行の『惟神の礎』(紀元二千六百年奉祝会編)に掲載されている印影。

熊野坐神社(熊野本宮大社)

熊野本宮大社

拝殿(大正7年~昭和8年)

■熊野坐神社
現社号:熊野本宮大社
御祭神:家都御子神
※素戔嗚尊、現在は家都美御子大神と表記
鎮座地:和歌山県東牟婁郡本宮村本宮(田辺市本宮町本宮)
社格:式内社(名神大)
国史所載の神階:従二位
昇格:大正4年11月10日
※明治4年国幣中社→大正4年官幣大社
公式サイト:http://www.hongutaisha.jp/

■御朱印

  • 熊野本宮大社の御朱印

    (1)

  • 熊野本宮大社の御朱印

    (2)

  • 熊野本宮大社の御朱印

    (3)

  • 熊野本宮大社の御朱印

    (4)

  • 熊野本宮大社の御朱印

    (5)

  • 熊野本宮大社の御朱印

    (6)

  • 熊野本宮大社の御朱印

    (7)

(1)明治12年(1879)の御朱印。中央の朱印は「熊野神璽」と思われる。左下は「社務所」。墨書は「紀伊國々幣中社/熊野坐神社/社務所」。

(2)大正10年(1921)頃の御朱印。右上と中央の朱印は「官幣大社」「熊野坐神社」、左下は「社務所印」。

(3)時期不詳、大正10年代のものと思われる御朱印。上の朱印は「熊野本宮」。右下は「日本第一」、下は八咫烏に「本宮」。

(4)大正10年代の御朱印。上の朱印は(3)と同じ「日本第一」と八咫烏に「本宮」。下の朱印は「熊野坐神社」で、昭和17年の『惟神の礎』にはこの印が掲載されている。

(5)昭和5年(1930)の御朱印。中央と下の朱印は(4)と同じ「熊野坐神社」と八咫烏に「本宮」。右上の印は「官幣大社」で(2)に使われているものと同じと思われる。

(6)昭和16年の御朱印。朱印は(5)とほぼ同じだが、八咫烏の印は少し違いがあるようで、印を新調したものと思われる。

(7)昭和17年発行の『惟神の礎』(紀元二千六百年奉祝会編)に掲載されている印影。

熊野速玉大社(熊野速玉大社)

熊野速玉大社

本殿(昭和8年~昭和20年)

■熊野速玉神社
現社号:熊野速玉大社
御祭神:熊野速玉神
※現在は熊野速玉大神(伊邪那岐命)、熊野夫須美大神(伊邪那岐命)を主祭神とする。
鎮座地:和歌山県新宮市新宮町(新宮市新宮)
社格:式内社(大)
国史所載の神階:正二位
昇格:大正4年11月10日
※明治4年県社→大正4年官幣大社
公式サイト:https://kumanohayatama.jp/

※絵はがき…明治16年(1883)の火災の後、明治27年(1894)に造営された仮社殿。現在の社殿は昭和42年(1967)の再建。

■御朱印

  • 熊野速玉大社の御朱印

    (1)

  • 熊野速玉大社の御朱印

    (2)

  • 熊野速玉大社の御朱印

    (3)

  • 熊野速玉大社の御朱印

    (4)

  • 熊野速玉大社の御朱印

    (5)

  • 熊野速玉大社の御朱印

    (6)

(1)明治9年(1876)の御朱印。中央の朱印は「神璽」。左下の印は「新宮社務所印」。墨書は「紀伊國縣社/熊野早玉神社/社務所」。

(2)大正10年代の御朱印。中央の朱印は「熊野早玉神社之印章」。右上の印は「官幣大社」、左下は「新宮社務所印」。

(3)大正15年(1926)6月6日の御朱印。中央の朱印は烏と「新宮社印」。右上の印は(2)と同じ「官幣大社」、左上は「日本第一」。下の朱印は「熊野神邑」。

(4)大正15年(1926)6月9日、(3)の3日後の御朱印。朱印は(3)と同じ「日本第一」「新宮社印」「熊野神邑」。文字は木版で「紀伊新宮御鎮座/官幣大社熊野速玉神社」。

(5)昭和12年(1937)の御朱印。中央の朱印は「熊野速玉神社」、昭和17年の『惟神の礎』にはこの印が掲載されている。

(6)昭和17年発行の『惟神の礎』(紀元二千六百年奉祝会編)に掲載されている印影。

諏訪神社(諏訪大社)

諏訪湖をはさんで南岸に上社、北岸に下社が鎮座する。上社は本宮と前宮、下社は春宮と秋宮、合わせて二社四宮から成る。御祭神は建御名方神と妃神・八坂刀売神で、上社には両神を祀り、下社は両神に兄神・八重事代主神を合祀するが、古くから上社に男神、下社に女神を祀るという伝承がある。上社の中心は本宮である。前宮は上社大祝の居館があった神原の地にあり、上社の重要な神事はここで行われた。江戸時代までは前宮社と称し、境外摂社筆頭であったが、明治29年(1896)上社前宮とされ、現在のような形となった。下社の春宮と秋宮は同格で、2月から7月(元は1月から6月)は春宮、8月から1月(元は7月から12月)は秋宮に御霊代が奉安される。

■諏訪神社
現社号:諏訪大社
御祭神:建南方刀美命、八坂刀売命
※現在は建御名方神、八坂刀売神と表記
社格:式内社(名神大)、信濃国一宮
国史所載の神階:従一位勲八等(建御名方富命神)、正二位(建御名方富命前八坂刀売命神)
昇格:大正5年12月12日
※明治4年国幣中社→明治29年官幣中社→大正5年官幣大社
公式サイト:http://suwataisha.or.jp/

■御朱印

  • 諏訪大社の御朱印

    (1)

(1)大正13年(1924)に発行された『神社山陵参拝記』(朝日新聞社)の付録「神社山陵印譜」に収録された御朱印。朱印は「官幣大社諏訪神社」で、「諏訪上社」「諏訪下社」の印が添えられている。
※大正から昭和初めにかけて、諏訪大社ではこの「官幣大社諏訪神社」の印を押し、上社と下社でそれぞれ上社・下社の印を押していたようだ。おかもと氏の「昔の集印帖」には、当時の御朱印が掲載されている。

諏訪神社 上社本宮

諏訪大社上社本宮

本宮拝殿(昭和8年~昭和20年)

■諏訪神社 上社本宮
現社号:諏訪大社 上社本宮
御祭神:建南方刀美命、八坂刀売命
※現在は建御名方神、八坂刀売神と表記
鎮座地:長野県諏訪郡中洲村宮山(諏訪市中洲宮山)

■御朱印

  • 諏訪大社上社本宮の御朱印

    (2)

  • 諏訪大社上社本宮の御朱印

    (3)

  • 諏訪大社上社の御朱印

    (4)

  • 諏訪大社上社本宮の御朱印

    (5)

(2)時期不詳の御朱印。昭和初期のものであろう。下の朱印は「官幣大社諏訪神社上社本宮」で、昭和17年の『惟神の礎』にはこの印が掲載されている。上は「諏訪神社/本宮/前宮/春宮/秋宮」で二社四宮共通の印として使われたもののようだ。

(3)昭和16年(1941)頃の御朱印。朱印は(2)と同じ「官幣大社諏訪神社上社本宮」。

(4)昭和14年(1939)の御朱印。朱印は「官幣大社諏訪神社上社参拝之章」。上社としての印で、単独もしくは(2)の「上社本宮」などの印との組み合わせで集印帖に押されていたようだ。

(5)昭和17年発行の『惟神の礎』(紀元二千六百年奉祝会編)に掲載されている印影。

諏訪神社 上社前宮

諏訪大社上社前宮

前宮社殿(左上)と鳥居・十間廊(大正7年~昭和8年)

■諏訪神社 上社前宮
現社号:諏訪大社 上社前宮
御祭神:八坂刀売命
鎮座地:長野県諏訪郡宮川村前宮(茅野市宮川)

※前宮旧社殿と鳥居、十間廊。現在の社殿は昭和7年(1932)伊勢神宮の御用材で建て替えられたもの。

■御朱印

  • 諏訪大社上社前宮の御朱印

    (6)

  • 諏訪大社上社前宮の御朱印

    (7)

(6)昭和初期の御朱印。おかもと氏の「昔の集印帖」より許可を得て転載。上の印は「信州一宮」。下の朱印は「官幣大社諏訪神社上社前宮」で、昭和17年の『惟神の礎』にはこの印が掲載されている。

(7)昭和17年発行の『惟神の礎』(紀元二千六百年奉祝会編)に掲載されている印影。

諏訪神社 下社秋宮

諏訪大社下社秋宮

秋宮拝殿(昭和8年~昭和20年)

■諏訪神社 下社秋宮
現社号:諏訪大社 下社秋宮
御祭神:建南方刀美命、八坂刀売命
※現在は建御名方神、八坂刀売神と表記
鎮座地:長野県諏訪郡下諏訪町

■御朱印

  • 諏訪大社下社秋宮の御朱印

    (8)

  • 諏訪大社下社の御朱印

    (9)

  • 諏訪大社下社秋宮の御朱印

    (10)

(8)昭和16年(1941)頃の御朱印。朱印は「官幣大社諏訪神社下社秋宮」、昭和17年の『惟神の礎』にはこの印が掲載されている。

(9)昭和14年(1939)の御朱印。朱印は「官幣大社諏訪神社下社参拝之章」。下社としての印で、単独もしくは(8)の「下社秋宮」などの印と組み合わせて集印帖に押されていたようだ。

(10)昭和17年発行の『惟神の礎』(紀元二千六百年奉祝会編)に掲載されている印影。

諏訪神社 下社春宮

諏訪大社下社春宮

春宮境内(大正7年~昭和8年)

■諏訪神社 下社春宮
現社号:諏訪大社 下社春宮
御祭神:建南方刀美命、八坂刀売命
※現在は建御名方神、八坂刀売神と表記
鎮座地:長野県諏訪郡下諏訪町

■御朱印

  • 諏訪大社下社春宮の御朱印

    (11)

  • 諏訪大社下社春宮の御朱印

    (12)

(11)時期不詳の御朱印、昭和初期のものであろう。朱印は「官幣大社諏訪神社下社春宮」。

(12)昭和17年発行の『惟神の礎』(紀元二千六百年奉祝会編)に掲載されている印影。

明治神宮

明治神宮

本殿(大正9年~昭和8年)

明治神宮
御祭神:明治天皇、昭憲皇太后
鎮座地:東京都渋谷区代々木外輪町(渋谷区代々木神園町)
社格:勅祭社
創立・列格:大正4年5月1日(大正9年11月1日鎮座)
公式サイト:https://www.meijijingu.or.jp/

※絵はがき…昭和20年(1945)戦災で焼失した旧本殿。

■御朱印

  • 明治神宮の御朱印

    (1)

  • 明治神宮の御朱印

    (2)

  • 明治神宮の御朱印

    (3)

  • 明治神宮の御朱印

    (4)

(1)大正10年(1921)頃の御朱印。中央の朱印は八稜鏡に「明治神宮/参拝記念」。左下の印は「明治神宮」。

(2)昭和8年(1933)の御朱印。朱印は「明治神宮」。

(3)昭和11年(1936)の御朱印。朱印は「明治神宮」だが、(2)とは少し字体が違っている。昭和17年の『惟神の礎』にはこの印が掲載されている。

(4)昭和17年発行の『惟神の礎』(紀元二千六百年奉祝会編)に掲載されている印影。

丹生都比賣神社

丹生都比売神社

楼門(大正7年~昭和8年)

丹生都比売神社
御祭神:丹生都比売神
鎮座地:和歌山県伊都郡天野村上天野(伊都郡かつらぎ町上天野)
社格:式内社(名神大 月次新嘗)、紀伊国一宮
国史所載の神階:従四位上勲八等
昇格:大正13年2月11日
※明治6年県社→大正13年官幣大社
公式サイト:https://niutsuhime.or.jp/

■御朱印

  • 丹生都比売神社の御朱印

    (1)

  • 丹生都比売神社の御朱印

    (2)

  • 丹生都比売神社の御朱印

    (3)

  • 丹生都比売神社の御朱印

    (4)

(1)明治13年(1880)の御朱印。中央の朱印は判読できない。左下の印は「社務所章」。墨書は「紀伊国伊都郡上天野村鎮座/縣社/丹生都比賣神社/社務所」。

(2)時期不詳の御朱印。大正末から昭和初期のものか。中央の朱印は「丹生都比賣神社」。右上の印は「官幣大社」、左下は「丹生都比賣神社社務所」。

(3)昭和初期の御朱印。昭和4年(1929)から昭和11年(1936)の間のもの。中央と右上の朱印は(2)と同じ「丹生都比賣神社」「官幣大社」、左下の印は「紀伊國伊都郡天野村鎮座」。

(4)昭和17年発行の『惟神の礎』(紀元二千六百年奉祝会編)に掲載されている印影。印文は「官幣大社丹生都比賣神社」で、(2)(3)の印とは違っている。

朝鮮神宮(※廃社)

朝鮮神宮

正面(大正14年~昭和8年)

■朝鮮神宮
御祭神:天照大神、明治天皇
鎮座地:朝鮮京城府南山(韓国・ソウル)
社格:勅祭社
創立・列格:大正8年7月18日(大正14年10月15日鎮座)
※昭和20年(1945)廃社

■御朱印

  • 朝鮮神宮の御朱印

    (1)

  • 朝鮮神宮の御朱印

    (2)

  • 朝鮮神宮の御朱印

    (3)

(1)昭和4年(1929)の御朱印。上の朱印は「朝鮮神宮」で、昭和17年の『惟神の礎』にはこの印が掲載されている。下のスタンプは「朝鮮神宮 参拝之章」。

(2)昭和初期の御朱印、昭和10年(1935)以前のもの。上の朱印は(1)と同じ「朝鮮神宮」。下のスタンプは菊に花菱の神紋と「官幣大社朝鮮神宮/参拝之章」。

(3)昭和17年発行の『惟神の礎』(紀元二千六百年奉祝会編)に掲載されている印影。

水無瀬神宮

拝殿(昭和14年~昭和20年)

水無瀬神宮
※創立時の社号は水無瀬宮、昭和14年(1939)水無瀬神宮と改称
御祭神:後鳥羽天皇、土御門天皇、順徳天皇
鎮座地:大阪府三島郡島本町広瀬
社格:-
昇格:昭和14年3月1日
※明治6年官幣中社→昭和14年官幣大社
公式サイト:https://www.minasejingu.jp/

■御朱印

  • 水無瀬神宮の御朱印

    (1)

  • 水無瀬神宮の御朱印

    (2)

  • 水無瀬神宮の御朱印

    (3)

  • 水無瀬神宮の御朱印

    (4)

  • 水無瀬神宮の御朱印

    (5)

  • 水無瀬神宮の御朱印

    (6)

(1)大正8年(1919)の御朱印。中央の朱印は雨龍と「水無瀬宮」。左上の印は桜花に「官幣中社水無瀬宮参拝紀念章」、左下は「水無瀬宮社務所之印」。墨書は「大阪府三島郡島本村/官幣中社水無瀬宮/社務所」。

(2)大正14年(1925)の御朱印。上と左下の朱印は(1)と同じ「水無瀬宮」「官幣中社水無瀬宮参拝紀念章」。右下の印は「大阪府三島郡島本村鎮座」。

(3)昭和12年(1937)の御朱印。下の朱印は「官幣中社水無瀬宮」。上の印は「御祭神/後鳥羽天皇 土御門天皇 順徳天皇/大阪府三島郡島本村鎮座」。

(4)昭和14年(1939)の御朱印。朱印は「水無瀬神宮」。

(5)昭和18年(1943)の御朱印。朱印は「水無瀬神宮」、昭和17年の『惟神の礎』にはこの印が掲載されている。

(6)昭和17年発行の『惟神の礎』(紀元二千六百年奉祝会編)に掲載されている印影。

白峯神宮

白峯神宮

拝殿・本殿(大正7年~昭和8年)

白峯神宮
※創立時の社号は白峯宮、昭和15年(1940)白峯神宮と改称
御祭神:崇徳天皇、淳仁天皇
鎮座地:京都府京都市上京区飛鳥井町
社格:-
昇格:昭和15年8月1日
※明治6年官幣中社→昭和15年官幣大社
公式サイト:http://shiraminejingu.or.jp/

■御朱印

  • 白峯神宮の御朱印

    (1)

  • 白峯神宮の御朱印

    (2)

  • 白峯神宮の御朱印

    (3)

  • 白峯神宮の御朱印

    (4)

  • 白峯神宮の御朱印

    (5)

  • 白峯神宮の御朱印

    (6)

(1)明治12年(1879)の御朱印。中央の朱印は「白峯宮之印」。左下の印は「白峯宮社務所」。墨書は「官幣中社/白峯宮/社務所」。

(2)明治16年(1883)の御朱印。中央と左下の朱印は(1)と同じ「白峯宮之印」「白峯宮社務所」。墨書は「白峯宮/社務所」。

(3)大正10年(1921)頃の御朱印。中央の朱印は(1)と同じ「白峯宮之印」。右上の印は「白峯宮」、下の朱印は「白峯宮社務所」。

(4)大正12年(1923)の御朱印。中央の朱印は(1)と同じ「白峯宮之印」。上の印は波千鳥に「祭神 崇徳天皇 淳仁天皇/官幣中社 白峯宮 参拝紀念」。

(5)昭和17年(1942)の御朱印。朱印は「白峯神宮」で、同年発行の『惟神の礎』にはこの印が掲載されている。

(6)昭和17年発行の『惟神の礎』(紀元二千六百年奉祝会編)に掲載されている印影。

赤間神宮

赤間神宮

社殿(昭和11年)

■赤間神宮
※創立時の社号は赤間宮、昭和15年(1940)赤間神宮と改称
御祭神:安徳天皇
鎮座地:山口県下関市阿弥陀寺町
社格:-
昇格:昭和15年8月1日
※明治8年官幣中社→昭和15年官幣大社
公式サイト:http://www.tiki.ne.jp/~akama-jingu/

※絵はがき…昭和10年代に造営された旧社殿。昭和20年(1945)戦災で焼失した。

■御朱印

  • 赤間神宮の御朱印

    (1)

  • 赤間神宮の御朱印

    (2)

  • 赤間神宮の御朱印

    (3)

  • 赤間神宮の御朱印

    (4)

  • 赤間神宮の御朱印

    (5)

  • 赤間神宮の御朱印

    (6)

  • 赤間神宮の御朱印

    (7)

(1)明治15年(1882)の御朱印。中央の朱印は「赤間宮之神印」、左下の印は「赤間宮社務所之印」。墨書は「官幣中社/長門國/赤間宮/社務所」。

(2)明治23年(1890)の御朱印。木版刷りの書き置き。中央の朱印は(1)と同じ「赤間宮之神印」。左下の印は判読しづらいが「赤間宮社務所印章」か。文字は木版で「長門國赤間関區阿弥陀寺町鎮座/官幣中社/赤間宮/社務所」。

(3)時期不詳の御朱印、大正時代のものか。朱印は「赤間宮」。

(4)昭和初期の御朱印。中央の朱印は「官幣中社赤間宮」。右上の印は「下関市鎮座」。

(5)昭和10年(1935)の御朱印。朱印は「官幣中社赤間宮」。

(6)昭和17年の御朱印。朱印は「赤間神宮」、同年の『惟神の礎』にはこの印が掲載されている。

(7)昭和17年発行の『惟神の礎』(紀元二千六百年奉祝会編)に掲載されている印影。

近江神宮

近江神宮

社殿(昭和15年~18年)

■近江神宮
御祭神:天智天皇
鎮座地:滋賀県大津市錦織町・南滋賀町(大津市神宮町)
社格:勅祭社
創立・列格:昭和13年5月1日(昭和15年11月7日鎮座)
公式サイト:https://oumijingu.org/

■御朱印

  • 近江神宮の御朱印

    (1)

  • 近江神宮の御朱印

    (2)

(1)昭和18年(1943)の御朱印。朱印は「近江神宮」、昭和17年の『惟神の礎』にはこの印が掲載されている。

(2)昭和17年発行の『惟神の礎』(紀元二千六百年奉祝会編)に掲載されている印影。

南洋神社(※廃社)

南洋神社

社殿(昭和15年~昭和20年)

■南洋神社
御祭神:天照大神
鎮座地:南洋群島パラオ諸島コロール島アルミズ高地(パラオ共和国コロール)
社格:-
創立・列格:昭和15年2月11日(同年11月1日鎮座)
※昭和20年(1945)廃社

■御朱印

  • 南洋神社の御朱印

    (1)

  • 南洋神社の御朱印

    (2)

(1)昭和16年(1941)の御朱印。中央の朱印は「南洋神社」。右上の印は「南洋大社」、左下は「官幣大社南洋神社社務所印」。

(2)昭和17年発行の『惟神の礎』(紀元二千六百年奉祝会編)に掲載されている印影。印文は「南洋神社」だが、(1)とは字体が違っている。

関東神宮(※廃社)

関東神宮切手

関東神宮呉鎮座記念切手と旅順郵便局の特印

■関東神宮
御祭神:天照大神、明治天皇
鎮座地:関東州旅順市新市街町
社格:-
創立・列格:昭和13年6月1日(昭和19年10月1日鎮座)
※昭和20年(1945)廃社

関東神宮は御鎮座から1年足らずで廃社となった。当時、御朱印はあったはずだが、今までのところ実物はもちろん、印影も見たことがない。そのかわり、手許にある資料の中から関東逓信局による御鎮座記念の切手と旅順郵便局の御鎮座当日の特印のシートを掲載する。

関東神宮記念切手シート

表紙

これまで資料として収集してきた昔の御朱印より、近代社格制度における神宮及び官国幣社の当時の御朱印を紹介する。原則として明治から昭和20年まで...

【1】神宮・官幣大社の御朱印(1)
【2】官幣大社の御朱印(2)
【3】官幣大社の御朱印(3)
【4】官幣大社の御朱印(4)
【5】官幣大社の御朱印(5)
【6】国幣大社の御朱印
【7】官幣中社の御朱印(1)
【8】官幣中社の御朱印(2)
【9】国幣中社の御朱印(1)
【9】国幣中社の御朱印(2)
【10】国幣中社の御朱印(3)
【11】官幣小社の御朱印
【12】国幣小社の御朱印(1)
【13】国幣小社の御朱印(2)
【14】国幣小社の御朱印(3)
【15】別格官幣社の御朱印(1)
【16】別格官幣社の御朱印(2)


※掲載の情報は最新のものとは限りません。ご自身で確認をお願いします。

スポンサーリンク
サイト内検索
広告レクタングル(大)




サイト内検索
広告レクタングル(大)




シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする