この納経帳は、明治38年(1905)に四国八十八ヶ所を巡拝したものである。巡拝したのは女性だが、どこの人かはわからない。阿波の札所で重ね印をしているので、徳島県もしくは関西方面の人ではないかと思われる。
以下に伊予国の札所を見ていく。伊予の札所では、難所として知られる60番横峰寺(当時は大峰寺)には参拝せず、前札所の清楽寺と前札旧跡の大儀寺(現在の妙雲寺)で納経している。また番外札所としては歓喜光寺、篠山神社(篠山権現)、十夜ヶ橋永徳寺(別格8番)、仙龍寺(65番奥之院、別格13番)でも納経をしている。
観自在寺から岩屋寺まで
観自在寺
【左】40番 観自在寺
平城山 観自在寺
本尊:薬師如来
所在地:愛媛県南宇和郡御荘村(愛媛県南宇和郡愛南町御荘平城)
揮毫は「医王殿」もしくは「医王堂」か? 中央の朱印は蓮華座上の円に薬師如来の種字「ベイ」、右上は「第四十番」、左下は「観自在寺」。右上の印の書体が少し違うものの、いずれも現在の印とほぼ同じである。
歓喜光寺・篠山神社
【右】番外 歓喜光寺
白翁山 歓喜光寺
本尊:十一面観世音菩薩
所在地:愛媛県南宇和郡一本松村(愛媛県南宇和郡愛南町正木)
歓喜光寺は、戸たてずの庄屋として名高い蕨岡家の隣にある。曹洞宗。明治の神仏分離に際し、40番奥之院であった篠山権現(篠山神社)の別当・篠山観世音寺より本尊の十一面観世音菩薩像をはじめとする寺宝が遷され、篠山大権現前札を称するようになったという。
揮毫は「十一面観世音」。中央の朱印は「仏法僧宝」の三宝印、右上は「元篠山大権現」、左下は「歓喜光寺」。
【左】旧40番奥之院 篠山神社
篠山神社
御祭神:伊弉冉命・速玉男命・事解男命・木花咲耶姫命
旧称「篠山権現」。愛媛県と高知県の県境にそびえる篠山に鎮座する。用明天皇の勅願により開創され、大同年間に弘法大師が観世音寺を開いたと伝えられる。また、正木の庄屋である蕨岡家(戸たてずの庄屋として名高い)に御祭神が飛来し、霊光四方を照らしたので、これを同家で奉斎していたが、神威を汚すことを畏れ、篠山に祀ったとも伝えられる。寂本の『四国徧礼霊場記』によれば、札所の数には入らないが、必ず参拝するとある。明治の神仏分離で観世音寺は廃寺となり、篠山権現は篠山神社と改められた。
揮毫は「奉拝」「篠山之社」「土豫両国堺」。中央の朱印は笹の葉に火焔宝珠、右上の印は「郷社」、左下は「篠山」。
龍光寺・仏木寺
【右】41番 龍光寺
稲荷山 龍光寺
本尊:十一面観世音菩薩
所在地:愛媛県北宇和郡成妙村(愛媛県宇和島市三間町戸雁)
揮毫は「本尊十一面観音」、寺号は「いなり山 龍光寺」。中央の朱印は蓮華座上の火焔宝珠、右上の印は「四十一番」、左下は「光」ではないかと思われる。
【左】42番 仏木寺
一カ山 仏木寺
本尊:大日如来
所在地:愛媛県北宇和郡成妙村(愛媛県宇和島市三間町則)
揮毫は「本尊大日如来」。中央の朱印は蓮華座上の火焔宝珠に金剛界大日如来の種字「バン」、左上は「四十二番」、左下は「佛木密寺」。それぞれのデザインは少し変わっているが、基本的に現在の印と同じ組み合わせである。
明石寺・十夜ヶ橋
【右】43番 明石寺
源光山 明石寺
本尊:千手観世音菩薩
所在地:愛媛県東宇和郡田之筋村(愛媛県西予市宇和町明石)
揮毫は「本尊千手観音」。中央の朱印は蓮華座上の火焔宝珠に千手観音の種字「キリーク」、右上は「四十三番」、左下は「覚」であろうか。いずれも現在の印とほぼ同じである。
【左】番外 十夜ヶ橋永徳寺
十夜ヶ橋/正法山 永徳寺
本尊:弘法大師(十夜ヶ橋大師堂)・千手観世音菩薩(本坊永徳寺)
所在地:愛媛県喜多郡平村(愛媛県大洲市東大洲)
当時、十夜ヶ橋の納経は約1.5km離れた本坊の正法山永徳寺で行っていた。現在は十夜ヶ橋のたもとに境外仏堂が設けられ、そちらで納経を行っている。
中央の揮毫は「弘法大師」、寺号は「いよ 永徳寺」。中央の朱印は蓮華座上の火焔宝珠に弥勒菩薩の種字「ユ」(弘法大師は弥勒の三昧に住しているということから、弥勒菩薩の種字で表される)、右上は「とやかはし(十夜ヶ橋)」、左下は「正法山永徳寺」。
大宝寺・岩屋寺
【右】44番 大宝寺
菅生山 大宝寺
本尊:十一面観世音菩薩
所在地:愛媛県上浮穴郡菅生村(愛媛県上浮穴郡久万高原町菅生)
文字部分は版木押しで、「奉納経 本尊十一面観音 菅生山大寶寺」。中央の朱印は蓮華座上の円に十一面観音の種字「キャ」、その両脇に不動明王の種字「カーン」と毘沙門天の種字「ベイ」。左上は「四国四拾四番」、右下は「菅生山」。いずれも少しデザインは変わっているが、現在の印とほぼ同じである。
【左】45番 岩屋寺
海岸山 岩屋寺
本尊:不動明王
所在地:愛媛県上浮穴郡仕七川村(愛媛県上浮穴郡久万高原町七鳥)
文字部分は版木押しで、「奉納経 本尊不動明王 岩屋寺」。中央の朱印は蓮華座上の火焔宝珠に不動明王の種字「カーン」、右上は「四十五番」、左下は「海岸山」。いずれも現在の印とほぼ同じである。
浄瑠璃寺から円明寺まで
浄瑠璃寺・八坂寺
【右】46番 浄瑠璃寺
医王山 浄瑠璃寺
本尊:薬師如来
所在地:愛媛県温泉郡坂本村(愛媛県松山市浄瑠璃町)
揮毫は「本尊薬師如来」。中央の朱印は蓮華座上の火焔宝珠に薬師如来の種字「ベイ」。右上は「四国四十六番」、左下は「薬」と思われる。いずれも現在の印とほぼ同じで、特に左下の印は、少し変化があるものの、江戸時代から現在まで同様のデザインの印が使われている。
【左】47番 八坂寺
熊野山 八坂寺
本尊:阿弥陀如来
所在地:愛媛県温泉郡坂本村(愛媛県松山市浄瑠璃町)
文字部分は版木押しで、「奉納経 本尊無量寿佛 熊野山八坂寺」。朱印は判別しづらいが、中央が蓮華座上の火焔宝珠に阿弥陀如来の種字「キリーク」、右上は「四国四十七番」、左下は同時期の他の納経帳から判断して「熊野山妙見院」だと思われる。
西林寺・浄土寺
【右】48番 西林寺
清瀧山 西林寺
本尊:十一面観世音菩薩
所在地:愛媛県温泉郡久米村(愛媛県松山市高井町)
揮毫は「本尊円通大士」。円通大士は観世音菩薩の異称。 中央の朱印は蓮華座上の円に十一面観音の種字「キリーク」。右上の印は「四十八番」、左下は「納経所」。
【左】49番 浄土寺
西林山 浄土寺
本尊:釈迦如来
所在地:愛媛県温泉郡久米村(愛媛県松山市鷹子町)
文字部分は版木押しで、「奉納経 本尊釋迦如来 豫州西林山 浄土寺」。中央の朱印は蓮華座の上に釈迦如来の種字「バク」に文殊菩薩の種字「マン」と普賢菩薩の種字「アン」、現在の印とほぼ同じである。右上の印は「第四十九番」、左下は「参蔵密院」か。
繁多寺・石手寺
【右】50番 繁多寺
東山 繁多寺
本尊:薬師如来
所在地:愛媛県温泉郡桑原村(愛媛県松山市畑寺町)
揮毫は「本尊薬師如来」。中央の朱印は蓮華座上の火焔宝珠に薬師如来の種字「ベイ」、右上は「四国第五十番」、左下は「繁多寺印」。
【左】51番 石手寺
熊野山 石手寺
本尊:薬師如来
所在地:愛媛県温泉郡道後村(愛媛県松山市石手二丁目)
文字部分は版木押しで、「奉納経 瑠璃光佛 伊豫 石手寺」。中央の朱印は蓮華座上の火焔宝珠に薬師如来の種字「ベイ」、右上は「五十一番」、左下は「熊野山」。左下の印は、天保の頃から現代まで、ほぼ同じデザインの印が使われているようだ。
太山寺・円明寺
【右】52番 太山寺
瀧雲山 太山寺
本尊:十一面観世音菩薩
所在地:愛媛県温泉郡和気村(愛媛県松山市太山寺町)
揮毫は「十一面観音」。中央の朱印はわかりづらいが、蓮華座上の火焔宝珠に十一面観音の種字「キャ」だと思われる。右上の印は「第五十二番」、左下は「瀧雲山」だが横になっている。
【左】53番 円明寺
須賀山 円明寺
本尊:阿弥陀如来
所在地:愛媛県温泉郡和気村(愛媛県松山市和気町一丁目)
文字部分は版木押しで、「納経 本尊阿彌陀佛 須賀山圓明寺」。中央の朱印は法輪、右上は「五十三番」、左下は「金剛幡院」。印そのものは新しくなっているようだが、組み合わせは現在のものと同じである。
延命寺から伊予国分寺まで
延命寺・南光坊
【右】54番 延命寺
近見山 延命寺
本尊:不動明王
所在地:愛媛県越智郡乃万村(愛媛県今治市阿方甲)
揮毫は「不動殿」。中央に朱印はなく、右上に「四国五十四番」、左下に「寶鐘院」の印がある。左下の印は現在のものとほぼ同じではないかと思われる。
【左】55番 南光坊
別宮山 南光坊
本尊:大通智勝仏
所在地:愛媛県越智郡日吉村(愛媛県今治市別宮町三丁目)
揮毫は「大通知勝仏」。中央の朱印は蓮華座上の火焔宝珠に大通智勝仏の種字「バン」、右上は「第五十五番」、左下は「別宮山印章」。
泰山寺・栄福寺
【右】56番 泰山寺
金輪山 泰山寺
本尊:地蔵菩薩
所在地:愛媛県越智郡日高村(愛媛県今治市小泉一丁目)
揮毫は「本尊地蔵大菩薩」であろう。中央の朱印は蓮華座上の火焔宝珠に地蔵菩薩の種字「カ」、右上は「五拾六番」、左下は「金輪山印」。
【左】57番 栄福寺
府頭山 栄福寺
本尊:阿弥陀如来
所在地:愛媛県越智郡鴨部村(愛媛県今治市玉川町八幡甲)
揮毫は「本尊阿弥陀如来」。中央の朱印は蓮華座上の円に阿弥陀如来の種字「キリーク」、右上の印は「五十七番」、左下は「府頭山印」。
仙遊寺・伊予国分寺
【右】58番 仙遊寺
作礼山 仙遊寺
本尊:千手観世音菩薩
所在地:愛媛県越智郡鴨部村(愛媛県今治市玉川町別所甲)
揮毫は「本尊千手大士」。中央の朱印は蓮華座上の宝珠に千手観音の種字「キリーク」、右上は剣に「五十八番」、左下は「作礼山」。
【左】59番 伊予国分寺
金光山 国分寺
本尊:薬師如来
所在地:愛媛県越智郡桜井村(愛媛県今治市国分四丁目)
揮毫は「本尊薬師如来」。中央の朱印はない。右上の印は「四国五十九番」、左下は「伊豫國分密寺」。
大儀寺から仙龍寺まで
大儀寺・清楽寺
【右】60番前札旧跡 大儀寺
鶴来山 大儀寺(現・石鈇山 妙雲寺)
本尊:大日如来
所在地:愛媛県周桑郡石根村(愛媛県西条市小松町妙口甲)
この納経帳では、60番横峰寺(当時は大峰寺と称した)には参拝せず、60番前札旧跡の大儀寺と前札所の清楽寺で納経をしている。
本来の60番前札所は、石仙菩薩の開創とされる仏法山妙雲寺であった。しかし、明治17年(1884)火災で焼失、廃寺となる。翌年、横峰寺が廃寺となったことにより60番札所となっていた清楽寺が60番前札所とされた。さらに東方約1kmほどのところにあった鶴来山大儀寺を妙雲寺の跡に移し、妙雲寺の本尊と蔵王権現を安置、60番前札旧跡を称した。昭和32年(1957)石鈇山妙雲寺と改称している。
文字部分は版木押しで、「奉納経 本尊御安置所 大儀寺」。旧前札所・妙雲寺の本尊を安置していることによるものと思われる。中央の朱印は蓮華座上の火焔宝珠に大日如来の種字「バン」。右上の印は「六十番前札旧跡」、左下は「鶴来山印」。
【左】60番前札所 清楽寺
仏生山 清楽寺
本尊:阿弥陀如来
所在地:愛媛県周桑郡小松町(愛媛県西条市小松町新屋敷甲)
明治初年の神仏分離で横峰寺が廃寺になり、60番札所は清楽寺に移された。その後、旧横峰寺が大峰寺として再興されたため、明治18年(1885)大峰寺に札所を戻し、清楽寺は前札所となった。
「本堂無量光如来」。中央の朱印は蓮華座上の円に阿弥陀如来の種字「キリーク」(上)、勢至菩薩の種字「サク」、観世音菩薩の種字「サ」。右上の印は「四国六十番前札」、左下は「宝池院印」であろう。
香園寺・宝寿寺
【右】61番 香園寺
栴檀山 香園寺
本尊:大日如来
所在地:愛媛県周桑郡小松町(愛媛県西条市小松町南川甲)
揮毫は「本尊大日如来」。中央の朱印は大日如来の真言「バーンク」の周囲を円形に真言が取り囲んでいるようだが、よくわからない。右上の印は「四国六十一番」、左下は「香園精舎」のようである。
【左】62番 宝寿寺
天養山 宝寿寺
本尊:十一面観世音菩薩
所在地:愛媛県周桑郡小松町(愛媛県西条市小松町新屋敷甲)
文字部分は版木押しで、「四国六十二番霊刹 本尊観音菩薩 豫州天羪山寶壽寺」。中央の朱印は宝珠に十一面観音の種字「キャ」。右上の印は「一之宮」、左下は「寶寿寺」。
吉祥寺・前神寺
【右】63番 吉祥寺
密教山 吉祥寺
本尊:毘沙門天
所在地:愛媛県新居郡氷見村(愛媛県西条市氷見乙)
文字部分は版木押しで、「六十三番霊刹 高祖御作本尊毘沙門天 与州密教山 吉祥寺」。中央の朱印は火焔宝珠に毘沙門天の種字「ベイ」、右上は「六十三番」、左下は「吉祥寺」。
【左】64番 前神寺
石鈇山 前神寺
本尊:阿弥陀如来
所在地:愛媛県新居郡神戸村(愛媛県西条市洲之内甲)
文字部分は版木押しで、「四国霊場第六十四番 本尊阿弥陀如来 東豫石鈇山前神寺」。印は左下の黒印のみで「南海層峯」ではないかと思われる。江戸時代から大正の頃まで使われていた印である。
三角寺・仙龍寺
【右】65番 三角寺
由霊山 三角寺
本尊:十一面観世音菩薩
所在地:愛媛県宇摩郡金田村(愛媛県四国中央市金田町三角寺甲)
揮毫は十一面観音の種字「キャ」に「十一面大士」。中央の朱印は蓮華座上の火焔宝珠に十一面観音の種字「キャ」、毘沙門天の種字「ベイ」、不動明王の種字「カーン」。右上の印は「四国六十五番」、左下は「慈尊院印」。
【左】65番奥之院 仙龍寺
金光山 仙龍寺
本尊:弘法大師
所在地:愛媛県宇摩郡新立村(愛媛県四国中央市新宮町馬立)
「本尊弘法大師」。中央の朱印は弘法大師を表す弥勒菩薩の種字「ユ」。右上の印は「弘法大師四十二歳攘厄御脩法所」、左下は「仙龍寺之章」か?。
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