この納経帳は天保11年(1840)旧11月から12月にかけて四国八十八ヶ所を巡拝したものである。冒頭に京都の仁和寺と東寺の納経があることから京都もしくはその近辺の人であろうと考えられる。四国霊場の納経は第78番道場寺(現在の郷照寺)から順打ちしており、大阪から丸亀に渡ったのではないかと思われる。
以下に阿波国の札所を見ていく。阿波国では、番外札所として柳水庵で納経をしている。
阿波の札所(霊山寺~薬王寺)
霊山寺
【左】1番 霊山寺
竺和山 一乗院 霊山寺
本尊:釈迦如来
所在地:阿波国板野郡板東村(徳島県鳴門市大麻町板東)
墨書は「奉納経/本尊釈迦如来/アハ(阿波)/灵(霊)山寺」、日付は「子十月廿二日」と思われる。中央の宝印は十六八重菊に卍。右上の印は「四國第一番」。左下は「弌乗院」で現代までずっと使われている。
極楽寺/金泉寺
【右】2番 極楽寺
日照山 無量寿院 極楽寺
本尊:阿弥陀如来
所在地:阿波国板野郡桧村(徳島県鳴門市大麻町桧)
墨書は「奉納経/本尊無量寿仏/阿波日照山 極樂寺」、日付は「子十月廿二日」。中央の宝印は十六八重菊の御紋。右上の印は「四國第二番」、左下は「安養閣」で、現在のものとほぼ同じようである。
【左】3番 金泉寺
亀光山 釈迦院 金泉寺
本尊:釈迦如来
所在地:阿波国板野郡大寺村(徳島県板野郡板野町大寺)
墨書は「奉納経/本尊釋迦牟尼如来/亀光山/金泉寺/執事」、日付は「子十月廿二日」。中央の宝印は右が「東方教主」、左が「西方化主」で、中央は「○○薄地」のようだが判読できない。右上の印は「四国第三番」、左下は「金泉寺」のようにも見えるが判読できない。
大日寺/地蔵寺
【右】4番 大日寺
黒巌山 遍照院 大日寺
本尊:大日如来
所在地:阿波国板野郡黒谷村(徳島県板野郡板野町黒谷)
文字部分は版木押しで「奉納大乗妙典/本尊大日如来/阿州黑巌山/大日寺」。中央の宝印はない。右上の印は「四國第四番」、左下は「黑巌山」。
【左】5番 地蔵寺
無尽山 荘厳院 地蔵寺
本尊:延命地蔵菩薩(胎内仏:勝軍地蔵菩薩)
所在地:阿波国板野郡矢武村(徳島県板野郡板野町羅漢)
墨書は「奉納経/本尊地藏大菩薩/无盡山/地藏密寺」、日付は「十月廿三日」のようである。中央に宝印はない。右上の印は「四國第五番」、左下は「無盡荘厳」で、デザインは違うが文言は現在のものと同じである。
安楽寺/十楽寺
【右】6番 安楽寺
温泉山 瑠璃光院 安楽寺
本尊:薬師如来
所在地:阿波国板野郡引野村(徳島県板野郡上板町引野)
文字部分は版木押しで「奉納經/本尊藥師如来/阿州温泉山/安樂寺」。中央に宝印はない。右上の印は「四國六番」、左下は「温泉山」。
【左】7番 十楽寺
光明山 蓮華院 十楽寺
本尊:阿弥陀如来
所在地:阿波国板野郡高尾村(徳島県阿波市高尾)
文字部分は版木押しで「奉納経/本尊阿弥陀如来/阿州光明山/十樂寺」。中央に宝印はない。右上の印は「四國第七番」、左下は「蓮華」。
熊谷寺/法輪寺
【右】8番 熊谷寺
普明山 真光院 熊谷寺
本尊:千手観世音菩薩
所在地:阿波国阿波郡土成村(徳島県阿波市土成町土成)
墨書は「鎮守熊野大權現/本地千手大士/阿州普明山/熊谷寺/行者丈」。中央に宝印はない。右上の印は「四國八番」、左下は「真光」。
【左】9番 法輪寺
正覚山 菩提院 法輪寺
本尊:涅槃釈迦如来
所在地:阿波国阿波郡土成村(徳島県阿波市土成町土成)
文字部分は版木押しで「奉納大乗妙典/本尊釋迦牟尼佛/阿州正覺山法輪寺」。中央に宝印はない。右上の印は「四國九番」、左下は「法輪精舎」。
切幡寺/藤井寺
【右】10番 切幡寺
得度山 灌頂院 切幡寺
本尊:千手観世音菩薩
所在地:阿波国阿波郡切畑村(徳島県阿波市市場町切幡)
文字部分は版木押しで「奉納経 阿州郷/本尊千手觀音/得度山切幡寺」。中央に宝印はない。右上の印は「四國拾番」、左下は「幡」。
【左】11番 藤井寺
金剛山 一乗院 藤井寺
本尊:薬師如来
所在地:阿波国麻植郡飯之尾村(徳島県吉野川市鴨島町飯尾)
文字部分は版木押しで「奉納經/本尊藥師如来/阿州金剛山/藤井寺」。中央の宝印は「佛法僧寶」の三宝印。右上は「四國第十一番」、左下は「藤井禪寺」。
柳水庵/焼山寺
【右】番外 柳水庵
龍頭山 柳水庵
本尊:弘法大師
所在地:阿波国名西郡阿河村(徳島県名西郡神山町阿野)
墨書は「奉納経/高祖弘法大師/御加持水所/阿州 柳水庵」、日付は「十月廿四日」。中央の宝印は十六八重菊の御紋。右上の印は「龍頭山」か。左下の印は判読できない。
【左】13番 焼山寺
摩廬山 正寿院 焼山寺
本尊:虚空蔵菩薩
所在地:阿波国名西郡左右内村(徳島県名西郡神山町下分)
墨書は「勅願處/金堂虚空藏大士/阿州 焼山寺」、日付はなし。中央の宝印は十六八重菊の御紋。右上の印は「四國靈場十二番。左下は「虚空蔵院」。
一宮大明神・大日寺/常楽寺
【右】13番 一宮大明神・大日寺
一宮大明神(一宮神社)
祭神:天石門別八倉比売命・大宜都比女神
大栗山 花蔵院 大日寺
本尊:十一面観世音菩薩(※当時の本尊は大日如来。明治の神仏分離に際し、一宮大明神の本地仏・十一面観音が遷されて本尊となった)
所在地:阿波国名東郡一宮村(徳島県徳島市一宮町西丁)
墨書は「奉納経/一宮大明神/神主笠原丹後/別當(当)大日寺」、子十月廿五日」。中央の宝印は十六八重菊の御紋。右上は「四国十三番」、左下は「大栗山 花藏院」。
※江戸時代以前の13番札所は一宮神社で、別当の大日寺が納経を司っていた。ところが文政の頃に一宮神社の神主と大日寺の間で争いがあったらしく、一宮神社でも納経を行うようになった。両者は天保の頃に和解したようで、これ以降幕末まで13番札所では一宮神社と大日寺の両方で納経に記帳してもらっていた。先に一宮神社で記帳した場合は左下の印が「笠原之章」、大日寺が先の場合は「大栗山 花蔵院」になる。この納経帳は先に大日寺で記帳したようだ。
【左】14番 常楽寺
盛寿山 延命院 常楽寺
本尊:弥勒菩薩
所在地:阿波国名東郡延命村(徳島県徳島市国府町延命)
文字部分は版木押しで、「四國第十四番靈刹/本尊彌勒大菩薩/阿波盛壽山常樂寺」、日付は「子十月廿五日」。中央の宝印は梵字の真言と思われるが、判読できない。たぶん現在使われている印と同じ構成であろう。右上の印は「四国第十四番」、左下は白抜きで「盛壽山」。
阿波国分寺/観音寺
【右】15番 阿波国分寺
薬王山 金色院 国分寺
本尊:薬師如来
所在地:阿波国名東郡矢野村(徳島県徳島市国府町矢野)
墨書は「奉納十五番/本尊薬師如来/阿州薬王山/国分寺」、日付は「子十月廿五日」。中央の朱印は勅願所であることを示す十六八重菊の御紋。右上は「一國一場」、左下は「国分禪寺」。
【左】16番 観音寺
光耀山 千手院 観音寺
本尊:千手観世音菩薩
所在地:阿波国名東郡観音寺村(徳島県徳島市国府町観音寺)
文字部分は版木押しで「奉納大乗妙典/本尊千手觀世音菩薩/阿波光耀山/觀音寺」。中央の宝印はない。右上の印は「四國靈場 第十六番」、左下は「光耀山」。
妙照寺/恩山寺
【右】17番 妙照寺
瑠璃山 真福院 妙照寺(瑠璃山 真福院 井戸寺)
本尊:七仏薬師如来
所在地:阿波国名東郡井戸村(徳島県徳島市国府町井戸)
墨書は「奉経大乗妙典/本尊七佛醫(医)王殿/阿陽名東郡井戸村/瑠璃山 妙照密寺/行者丈」、日付は「天保十一年庚子十月廿六日」。「奉経」は「奉納」または「奉納経」の間違いだろう。中央の宝印はない。右上の印は「四國第十七番」。左下は「真福院」で現在使われている印とほぼ同じ。
※妙照寺が正式名称を井戸寺と改めたのは大正5年のことである。
【左】18番 恩山寺
母養山 宝樹院 恩山寺
本尊:薬師如来
所在地:阿波国勝浦郡田野村(徳島県小松島市田野町)
文字部分は版木押しで「奉納経/バイ(薬師如来の種字)本尊藥師如来/阿州母養山/恩山寺/行者丈」。中央の宝印はない。右上の印は「四國第十八番」。左下は「恩山寺」で現在使われている印とほぼ同じ。
立江寺
【左】19番 立江寺
橋池山 摩尼院 立江寺
本尊:延命地蔵菩薩
所在地:阿波国那賀郡立江村(徳島県小松島市立江町)
墨書は「奉納/本尊地蔵大ササ(菩薩)/アハ(阿波)/立江寺」。日付は「十月廿六日」。中央に宝印はない。右上の印は「第十九番」、左下は「橋池山」。
※「ササ」はくさかんむりを二つ並べた「菩薩」の略字(ササ菩薩)。
鶴林寺/太龍寺
【右】20番 鶴林寺
霊鷲山 宝珠院 鶴林寺
本尊:地蔵菩薩
所在地:阿波国勝浦郡鶴敷地村(徳島県勝浦郡勝浦町生名)
墨書は「奉納/本尊地藏大士/阿州灵(霊)鷲山/鶴林寺」。日付は「十月廿七日」。中央の宝印は舞い降りる鶴。右上の印は錫杖に「二十番」、左下は「寶珠院」。
【左】21番 太龍寺
舎心山 常住院 太龍寺
本尊:虚空蔵菩薩
所在地:阿波国那賀郡加茂村(徳島県阿南市加茂町)
墨書は「奉納/虚空蔵/太竜寺」。中央に宝印はない。右上の印は「四國第廿弌番」。左下は「太龍嶽」で現在のものとほぼ同じ。
平等寺/薬王寺
【右】22番 平等寺
白水山 医王院 平等寺
本尊:薬師如来
所在地:阿波国那賀郡北荒田野村(徳島県阿南市新野町)
墨書は「奉納経/本尊厄除醫(医)王善逝/阿波白水山/平等寺」、日付は「子十月廿八日」。「善逝」は仏の敬称の一つで「医王善逝」は薬師如来の別名。中央の宝印はない。右上の印は塔婆の形をしており、上部は蓮華座上の宝珠に薬師如来の種字「バイ」、下部に「廿二番」。左下の印は「覚」のように見えるが、よくわからない。
【左】23番 薬王寺
医王山 無量寿院 薬王寺
本尊:厄除薬師如来
所在地:阿波国海部郡奥河内村(徳島県海部郡美波町奥河内)
墨書は「奉納/本尊厄除藥師如来/阿州 藥王寺/役人」、日付は「十月廿八日」。中央の宝印は蓮華座上の火炎宝珠に薬師如来の種字「バイ」。右上の印は「四國二十三番」、左下は判読できない。
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