東京の神社– category –
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世田谷区の神社
勝利八幡神社 | 東京都世田谷区
勝利八幡神社は、上北沢村の鎮守。社伝によれば、万寿3年(1026)京都の石清水八幡宮より勧請されたという。明治40年(1907)山谷稲荷神社を合祀した。日露戦争の時、出征した氏子が無事に生還したことから勝利八幡と呼ばれるようになった。その名にあやか... -
世田谷区の神社
奥澤神社 | 東京都世田谷区
奥澤神社は奥沢地区の鎮守。明治43年(1910)奥沢新田村鎮守の八幡神社に奥沢本村鎮守の小安いなり神社を合祀し、奥沢神社と改称した。奥沢新田の八幡神社は室町時代、世田谷城主吉良氏の家臣・大平氏が奥沢城を築いたとき、世田谷郷東部の鎮守として勧請... -
世田谷区の神社
東玉川神社 | 東京都世田谷区
東玉川神社は、元は諏訪神社と称していた。等々力村の飛地・諏訪分の鎮守であったが、明治41年(1908)玉川神社に合祀、廃社となった。昭和3年(1928)に再建されるが府庁の許可を得ることができなかった。そこで府庁と協議を行い、昭和16年(1941)野毛の... -
世田谷区の神社
大原稲荷神社 | 東京都世田谷区
大原稲荷神社は、元禄年間(1688~1704)以前の創建と考えられている。天明2年(1782)村の総代が山城国の伏見稲荷に赴き、神官の羽倉摂津守荷田宿禰信邦の印許によって「正一位稲荷大明神安鎮之事」という証書を下付され、御分霊を勧請した。そのため一名... -
世田谷区の神社
駒繋神社 | 東京都世田谷区
駒繋神社は、古くは「子の明神」と称し、その名から安産を祈願する人が多いという。創建年代は不詳だが、天喜4年(1056)源義家が前九年の役に際して戦勝祈願をしたと伝えられる。文治5年(1189)奥州藤原氏征伐に向かった源頼朝も、義家の故事に倣って当... -
世田谷区の神社
太子堂八幡神社 | 東京都世田谷区
太子堂八幡神社は、太子堂村の鎮守。旧別当・円泉寺の縁起によれば、文禄年間(1592~96)の創祀という。しかし、奥州に下向する源頼義・義家父子が当地で八幡神社に戦勝を祈願したという伝承があり、文禄以前に遡るという説もある。昭和12年(1937)現在... -
大田区の神社
薭田神社 | 東京都大田区
式内社・薭田神社の論社。薭は蒲の古字で、『三代実録』にある「蒲田神社」も当社のことであるという。社伝によれば、和銅2年(709)行基菩薩が自ら刻んだ天照・八幡・春日の御神像を奉安したと伝えられる。江戸時代は八幡社と呼ばれていたが、別当・栄林... -
世田谷区の神社
池尻稲荷神社 | 東京都世田谷区
池尻稲荷神社は、明暦年間(1655~58)池尻村・池沢村の鎮守として勧請された。古くから「火伏せの稲荷」「子育ての稲荷」として信仰を集めた。また、大山道沿いに鎮座していたことから、旅人たちが道中の安全を祈願、感謝したという。境内の「薬水の井戸... -
大田区の神社
蒲田八幡神社 | 東京都大田区
慶長5年(1600)蒲田村から新宿村が分村した際、蒲田村の八幡社(現在の薭田神社)に祀られていた三体の神像の内、春日の神像を遷し祀り、村の鎮守としたことに始まる。元は新宿八幡神社と通称されたが、昭和24年(1949)蒲田八幡神社と改めた。現在の社殿... -
大田区の神社
子安八幡神社(池上)| 東京都大田区
康元元年(1256)池上宗仲が鶴岡八幡宮の御分霊を勧請したことに始まる。弘安5年(1282)日蓮聖人を迎えて池上本門寺の開堂供養を行った際、改めて当社の開眼供養を行った。以来、池上本門寺の鎮守として代々の貫主の崇敬を受けた。天正9年(1581)本門寺...
